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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第三章 セプリアドゥー・ドゥーウェンの死想
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憂える槍、または従者の現状_Ⅲ




 放たれた言葉は絶望。浮かぶ表情は希望。


 誰もが固まる一言に、当の本人はいつも通りに笑っている。混乱しているのはケイさんで、訝しんでいるのが俺で、唖然としているのが白夜。そして、目を疑っているのはきっと純血の川島凛音だ。目玉が落ちるんじゃないかと思うほど、大きく開けている。

 緊張で乾いた唇を舐めた後、言った。



「殺す? 今、殺せと言ったんですか?」

「ああ、そうだよ」

 あっさりと言い放つ彼女の目に、迷いなどない。

「何故?」

「一回死のうと思った時、死ねなかったから」



 〝死ねなかった〟。それこそ何故、だ。人は必ず死ぬものだし、不死のサイナーも今まで見つかったことがない。リリス・サイナーなら出来るだろう。だが、そのリリス・サイナーができないとは、どういうことか。

 それとも、――――ああ、そうか、からかわれているのだ。



「冗談でしょう?」

「まさか」

「それこそまさかですよ。死ぬならどうして〝眷属〟の契約したんですか? エレジィゲームで勝ち抜くためじゃないんですか?」

「それは死ねなかった場合の話だよ」



 話がかみ合わない。死なないための自衛に〝眷属〟の契約をしたのかと思ったらそうだと言われ、だが死ななかった場合に勝ち抜くと言うのは、死にたがっているのか生きたがっているのか分からない。



「――僕の性質はまだ明かされていない」

 彼女は急に真剣な顔になり、そう言った。

「僕は死にたがりだよ。ああ、死にたいさ、そりゃあ。でも、リリス・サイナーは僕を生かそうとしている。それなら、自殺してもどうにかなるように細工しているだろう」

「それが、性質で何かあるのではないかと思っているのですね」

「ああ、そうだよ」



 珍しく無表情で肯定する。ケイさんはまだ混乱したまま、何も話そうとしない。顎に手を当てて、何か考えている。白夜はもう飽きたように欠伸をした。話を早く終わらせたいのだろう、手には槍が見えた。俺は……ただ、唖然と。



「ふざけるな!」

 黙っていた川島凛音が叫んだ。

「わたしが何のために命をかけてゲームをしたと思っているんだ! 簡単に死ぬとか言うんじゃない! 命を無駄にするな!」

 切羽詰まった声は、微かに震えている。



 同類だ、と。そう思った。

 親友の命を気にかけている姿は人間らしく、本当に悲しそうに顔を歪めている姿は、確かに同類だった。


 ――――――昔から、不思議に思っていた。


 友達や家族が死んでもどうにも思われていない死人に。

 殴られて病院に運ばれても災難の一言で済む怪我人に。

 犯されて悩んでいても同情の言葉しか聞けない女子に。


 この世界は、どうして(・・・・)こうなんだろう(・・・・・・・)、と。


 ケイさんに聞いても、悲しそうに顔を歪めるだけで、何も言わない。白夜にも聞いてみたけど、逆に不審がられた。何故、そんなことを思うのかと。

 ああ、そう。この世界では、何も疑問に思わないのが普通なんだ、と。自分は、何か勘違いしていたのだ。


 でも、目の前にいる、この人は違う。

 親友を心配して、叫んでいる。哀しさに、顔を歪めてまで。


 あれ? ――そうなると、何が間違ってて、何が合ってるんだ?



「煩いなぁ」

 樋代愛佳の声で、思考から現実に帰る。

「それは君が勝手にしたことだろう? それに、リリス・サイナーが何かしているかもしれないと言っているだろう?」

「何もしていなかったらどうするんだ!」

「その時は死ぬよ」

「それが駄目だと言っている!」

「どうして君に僕の生死を決められなきゃいけないの?」

「わたしがお前を生かしたからだ!」

「僕は別に頼んでない」



 自分にとっての〝正常者〟を、彼女は軽くかわす。――異常だ。この世界の人間でも、自身が死ぬことは望んでいない。自分が死なないように生きている。

 なのに。それなのに。彼女は、死ぬために(・・・・・)生きている(・・・・・)


 喧騒のやまない室内でも、俺もケイさんもとめようとしない。白夜は既に興味を無くし、俺の背中に体重をかけて寝ようとしている。それでも、手にある槍を直してはいない。

 この男も、どうでもいいのだ。本人がそれを望んでいるなら、命じられたなら、すぐに殺すだろう。今は、まだ正式に命令をされてないから動かないだけで。


 白夜の付けているピアスが当たって冷たい。そのことを注意しようと振り返ると、背中にかかっていた体重になくなった。白夜が体を起こし、槍を手に立ち上がった。

 一瞬何をしようとしているのか分からなくて突っ立ったままだったが、樋代愛佳の方に槍を向けたのに気付き自分も槍を出すがもう遅い。


 まだ言い合っている川島凛音を、槍の持っていない方の手で押しやる。驚いている川島凛音は動かない。槍を構えて白夜を狙うが、間に合わないことは明らかだ。

 あってはならない。〝二つの槍〟がリリス・サイナーを傷付けるなんて。

 そして――――――




 白夜の槍が、彼女の胸を貫いた。




「白夜ッ、お前!」泣きそうなケイさんの声。「貴様ふざけるなあああああああ!」怒り狂った川島凛音の声。「なんでだよ、死にたかったんだろ?」本気で怒っている意味が分からない白夜の声。「――――――――――なんで?」俺の、声。


 全部が雑音になって何も聞こえなくなってなのに頭は冷静に状況を理解しようとしてるんだけど朦朧としてきてなんだこれ嘘だろ嘘だうそだうそだうそだ絶対違うだろなんでこんなのことにだって白夜がありえないだろやるわけないしじゃあまえのは知らないこれなんなんだよ。



 彼女の白い服に染みる、赤。

 どうにか助けられないかとケイさんが傷を触った時に手についた、赤。

 白夜の持っている槍についた、赤。




 白夜が人を殺して、その殺した相手が自分の主人だと言うことを。

 ――――どうしても、信じたくなかった。




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