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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第三章 セプリアドゥー・ドゥーウェンの死想
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憂える槍、または従者の現状_Ⅱ




 思わず顔が俯いた。無意識の行動に、緊張を自覚する。


 ふう、と息を吐いて、今度は吸った。小さく深呼吸した後は、名前の呼ばれた教室に入る。注目の的になることは慣れているが、やはり緊張はするものだ。

 教室を見渡す。夏名は同じクラスではないようだ。都合のいいことなんて起こらないと知っていても、ショックは受けるものだ。このクラスに、知り合いはいない。初めから失敗しないように名前と元いた中学校の名前だけ言い、先生に言われた席に座る。隣は杉島と言う男子だった。


 今までとは違う学校。今までとは違う教室。今までとは違う席。今までとはまるで違う、雰囲気と自分の印象。もうすぐ朝のホームルームは終わってしまう。質問攻めか、それとも総無視か。漫画で見たのはその二つ。


 終了のチャイムの音。ありきたりなものだが、それは自分の緊張を和らげるものだった。もしいないものとされても、少しの間だが夏名に会いに行くこともできる。移動教室ならば、近くの席の女子と一緒に行くことも得策だ。


 ホームルームが終わると、正解は後者だったようで、転入生である自分は一人ぼっちだった。他人任せかもしれないが、話しかけてほしかった。

 机の上に筆記用具だけ載せて、それを左側に寄せてから、体を傾ける。腕で顔は見えない。いっそ眠ってしまおうか。


 教室のドアを開ける音。それと同時に、一気にざわめきの大きくなったクラスメイトたち。寝てしまおうと俯かせていた顔を上げた。

 ざわめきの原因は、まだドアにいた。

 そして、俯いていた自分を見ている。今も。目があったまま、離さない。自分も話さない、と言うより、離せない。

 驚いた。彼女が同じクラスとは。



「やあ、このクラスだったんだねえ」

「ええ、貴女となれるなんて思わなかったわ」

「それは私もだよ」



 そこには引っ越してきた日にケーキ屋であった、橙色の長髪を持つ美少女がいた。

 彼女は変わらない笑顔でアタシの席まで来ると、隣の席の杉島くんを追いやって、その席に座った。魅力的な足を組み、机に膝を乗せる。金色の目は、嬉しそうに細められていた。杉島くん、いいのかしら。



「いやはや、まさか席が隣になるとはねえ」

「ふふ、凄い偶然。それよりも、貴女、ホームルームいなかったけど、どこに行ってたの?」

「保健室で寝ていたら、起きられなくなっちゃってね」

「深く眠りすぎたのね。アタシも寝たいわ」

「一時間目の国語の教師は煩いよ。寝るなら二時間目がいいさ」



 そこは注意するところじゃないかしら。少なくとも何時間目か推奨するところじゃないわ。おかしくて笑ったら、愛佳に頬を軽く叩かれた。本気で嫌だったようだ。

 少しだけの間だったけど、愛佳と話し終わった時、すでに緊張はなくなっていた。


 授業の合間の休み時間は、愛佳と話して過ごし、ようやく昼休みとなった。

 世界の中心とも言われる愛神市。そのまた中心にある愛神中学校。エリートたちの通うここは、他人に興味がないのが普通らしい。愛佳からはそう聞いた。


 昼休みは愛佳と一緒に夏名のところへ行き、学校を案内してくれると言う。教室に着いて夏名を呼んだ時、夏名にも周りの人にも驚かれた。その視線は後ろにいる愛佳に向けられていて、次には夏名に向いたかと思うと、最後には自分に来た。


 理由を聞けば、夏名と愛佳は美形ランキングというもので不動一位を取っている有名人らしい。確かに愛佳は綺麗だが、正直夏名は意外だ。夏名の顔はカッコいいと言うよりも可愛い感じで、嫌いな人も出てくるだろうし、これまでの人気投票なんかでは上位に入っても、一位にはならなかったのだ。


 だが、それなら周りの人が驚いているのも頷ける。その一位同士が来たばかりの転入生と仲良かったなら、他人に興味のない愛神中学校の生徒でも気になるだろう。

 アタシたち三人は注目を浴びながら、第二棟に向かった。



 そう言えば、この時。夏名が愛佳に向かって色々聞いていた。

「愛佳さんは、馴れ合いとか嫌いだと思ってたんですよね」

 夏名は敬語だった。ケーキ屋で一緒に話してた時も敬語だった。あの時は初対面だからかと思ったけど、今回はかなり不自然である。

「嫌いってわけじゃないさ。合う人がいなかったし、面倒くさいってだけで」

 それは、嫌いとも言えるんじゃないかな。心の中でそう思ったが、今は、敬語を使われて当たり前のようにしている愛佳が気になった。



「ねえ、愛佳ってもしかして、この学校の偉い人?」

「うん? 何で?」

「だって、夏名が敬語使ってるし」

「成程ね」

愛佳はうんうん、と一人頷くと夏名に向きなおす。

「君、これから敬語禁止ね」



 言われた夏名の驚いた顔は、始めた。驚くのが初めてなのではなく、驚きようが尋常じゃなかった。その表情には恐れと焦りも混じっていて、何が何だか分からない。結局、愛佳はアタシの質問に答えてくれていないし。

 不満そうなアタシを意地悪に笑った愛佳が続ける。まだ、夏名は驚いたままだ。



「私の父がここの理事をしているんだ」

「理事……って、一番偉い人?」

「そうだね」



 お腹すいたとでも簡単に発せられた単語は、とても重いものだった。アタシは、これまで凄い失礼なことしてきたのか。青ざめるアタシに、愛佳は気にしなくていいと微笑んだ。


 ――――市立愛神中学校。

 面接でサイナーを披露し、それを教師たちに気に入られ、それから偏差値の高い受験を受ける。アタシが入ったように、途中から入ることは出来るけど、一度落ちたら二度はない。


 一年生から六年生まであり、普通の高校の三年生までが在校できる。もしろん落第もあるし退学もあるが、世界中の子供が受けるこの愛神はマンモス校だ。生徒数が普通の学校の三倍ほどある。


クーラーのついた教室。選ばれた子供だけが身に着けれる白の制服。ホテルのような学生寮。王城のようにでかい学校の名は伊達じゃない。

 初め見た時は本当に眩暈がした。


 第一棟には中学生の三学年が通っており、第二棟には高校生の三学年が通っている。六年間ずっと通っても覚えられないと言われる校舎は本当だった。

 それでも、完全記憶能力を持っている愛佳のお陰で、迷子になることもないだろう。


 それでふと思う。

 これから、自分は愛佳とやっていけるのだろうか。理事長の娘となると、先生も逆らえないような偉い人だ。

 自分が望んでいても、愛佳と一緒にいれるのだろうか。



「――――ねえ、愛佳」

 少し声を顰めて言った。

「アタシは、もう話しかけない方がいいの?」

 アタシのその言葉に、愛佳は不機嫌になった。皺の出来た眉を隠そうとしないところは、日頃の態度も伺える。

「不機嫌になるくらいなら話して頂戴」

「別に気にしなくていいさ」

 今度は無邪気な笑顔でそう言った。ころころ変わる表情を見て、子供みたいだな思ってしまった。

「僕は人の態度を伺うようなやつは嫌いなんだ」

 夏名の顔が強張る。

「でも夏名のことは嫌いじゃないわよね?」

「勿論。嫌いなら口も交わしていないさ。僕が嫌いなのは媚びるって意味で嫌いなの」



 そう言った愛佳の顔は、少し寂しそうに見えた。

 目を伏せて言った彼女に、アタシは言った。生半可な気持ちじゃなかったけど、裏切ることになったけど、確かに言った。



「アタシは嫌いにならないわよ」

 彼女は笑っただけで、今でもその問いには返事していない。




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