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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第三章 セプリアドゥー・ドゥーウェンの死想
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憂える槍、または従者の現状_Ⅰ




 昨日見送った背中が、脳裏から離れない。


 裁判騒動の翌日。その日は朝になる夜の時点で起きることになった。リリス・サイナーの、ゲーム開始の不快感によって。起きたのは自分だけじゃないと分かっていながらも、夜起こされた苛立ちは収まらない。


 一難去ってまた一難(いいかげんにしろ)


 日熊家の一員として暮らせなくなるという危機が去ったのに、今度はもっと頭を悩ませる決断を強いられる結果となった。いつかはケジメをつけないといけないのは分かっているが、急かされるのは好きではない。


 頭を悩ませる要因――――それは新しい主人となる樋代愛佳のことだ。


 本心から従うかは別だが、主従となることを断るつもりはない。ただ、初対面があんな結果になってしまっただけに、近づき難いし、嫌いと言われて主従を結ぶのもどうかと思ったから。

 そもそも、教育者の日熊恵一郎――ケイさんの名に泥を塗ることになるから粗相のないようにと頑張っていたのに、何故こんなことになってしまったのだろう。


 いっそケイさんが怒鳴ってくれれば、それに後押しされて泣き言でも言いながら謝りに言ったのだろう。

 だが、強面なのに関わらず心が優しいケイさんは、弱音を言った自分の背を軽く叩き、次がある、悩みに悩め。お前の人生なんだから、と怒鳴ってくれなかった。


 別に怒鳴られるのが好きというわけではない。そんな変態になった覚えはない。ただ、使えるのか使えないのか、心の中で優柔不断な自分に活を入れてほしかった。

 白夜に頼んでも、面倒くさがりなアイツのことだ、きっと何を言えばいいんだよ、から始まり、棒読みの罵倒で終わってしまうだろう。目に見えているならやらない方がいい、時間の無駄だ。


 そんなことがあってか、ずっと謝りもせず無視し続ける日々。これはやめたい。自分の主人となるのだから、恨みは買いたくない。

 でも、それなら、と思う。それなら、あっちから駄目だししてくれてもいいんじゃないか、と。自分じゃ何を怒らせたのか分からないのだから。分かっていれば、こんなに悩むこともなかっただろう。


 それが、今日は何がどうなってこうなったか。頭の混乱はまだ治まらない。

 軟禁されていたため初めて通う学校から気分よく帰ってきて、これからのことを話そうと言われケイさんと白夜と自分で話し合いが始まる、と思ったら、近くで怒鳴り声が聞こえて。その声が昨日聞いたばかりのものだと分かるのに、時間はいらない。


 ここの屋敷――〝二つの槍〟の育成所だと知らないで、金目当てに侵入してきた(やから)は珍しくない。時には知っていて、〝二つの槍〟を殺そうとするやつもいる。警戒しながら、三人とも忍び足で声の主へと近づいて行った。自分の性質【磁石】から槍を出す準備も出来ている。


 そこに居たのは案の定、自分の主人と、昨日会った主人の親友。資料でよく見た顔が二つ。


 相手の顔を見ても、警戒は緩めない。手は【磁石】の中の槍を掴んだままだ。

リリス・サイナーの警護をする〝二つの槍〟は地位が高い。昨日の敵は今日の友なんて言うけれど、自分の立場を考えると、昨日の味方は今日の敵、なのである。


 自分の主人はこちらに気付いたが、まだ純血の方は気付いていない。樋代愛佳が声をかけて、ようやくこちらに気付き、絶叫をあげる。それはいいんですが、人を指さしてはいけませんよ。

 注意深く見ていると、ケイさんの温かい手が頭に載せられる。さっきまで固まっていたが、もう元に戻っている。混乱も見えない。流石だ。



「そんなに警戒しなくても、知り合いだろう?」

 知り合いだからと言って、顔見知りなだけだし、それも一方的だ。やはり油断は出来ない。その気持ちをそのまま伝えると、ケイさんは少し悲しそうに目を伏せた。

「あまり、警戒しすぎもよくないぞ。白夜のようにどっしり構えていればいい」

 白夜を見ると、清々しいくらに緊張感なんて持っていなかった。槍を構えている気配もない。手を振ったり、平気で会話したり。幼馴染だが、まだ懐が読めない。



 前置きが長くなったようだが、驚いてまだ混乱しているのが現状で、その原因は目の前で薄く笑っている樋代愛佳のことなのだが。


 〝眷属〟――――寝不足に(さいな)まれた原因であるエレジィゲームの参加者(プレイヤー)の手下。

 悪魔はソロモン王の七二、天使は黄道十二宮の十二、神は〝神の敢行〟の五。それぞれの悪魔と天使と神の加護者がエレジィゲームの本来の参加者だ。だが、自分作った〝眷属〟と呼ばれる、自分が加護をする手下を集めることができる。〝眷属〟の数は三つとも違うように設定されていて、悪魔は一人十人まで、天使は一人五人まで、神は一人三人まで〝眷属〟を作ることができる。

 一見神がとても不利に見えるが、力の順位は人数が多ければ下となっている。


 つまり、主人は自分の手足になれと言ってきたのだ。答えは二つ返事で承る。自分が悩んでいたことが、今晴れた。それと同時に、挽回の機会が出来たのだ。これ以上いいことはない。


 ただ、一つ気になる。

俺ら全員を〝眷属〟にするのはいいが、そうするともう自分は〝眷属〟を取れなくなる。昨日今日でもう三人決めるのは、流石に早すぎると言うものだ。


「あー、俺は別にいいぜ? ひなつの選んだ意見に同じってことで」

 緊張感のない声が沈黙した部屋に響く。この男は基本自分自身の意見がない。

「俺も同じで結構です。貴女に従いましょう」

 〝二つの槍〟の意見は決まった。残りはケイさんだけだが、そのケイさんも笑顔で頷く。

 最早混乱しているのは純血の人、一人のみ。


問いだした本人である樋代愛佳は、珍しく無表情になり、少しの間ボーッとしていた。意図が分からず怪訝に見ていると、今度はいつものポーカーフェイスの笑顔に戻る。本当によく分からない人だ。



「いやはや、なんだかねえ。こんなにすんなり行くとは思ってなかったんだけど。面倒が省けていいね」

 うんうん、と一人頷く。

「じゃ、ちょっと失礼するよ」

 自分の座っている座布団の横にある畳を指でトントンと叩いた。同時に現れる力の結界。赤い光に包まれる。



「<屈従(cavalcante)>」



 言い終わると結界が解けて無くなっていく。体が軽くなっていき、ついには座っているのか疑問になるほど体重がなくなっていた。

 まるで羽でも生えたような感覚。



「これは……?」

「〝眷属〟になったんじゃねえ?」

 ケイさんの零した声に、白夜が答える。思わず樋代愛佳を見ると、笑って頷いた。

「そうだよ。白夜は察しがいいね」



 楽しそうな声音である。白夜も褒められるのは気分がいいのか、照れくさそうに笑った。この男の幼馴染をしてきたが、こんな表情を見るのは久しぶりだ。必ずないと言うわけではないが、あったのは幼少期だ。今はこんなに無邪気に笑うことはない。

 今まで一番白夜の傍にいたのは自分だと言うのに、あって間もない樋代愛佳にその表情を見せるのは、少々妬けるものがある。



「じゃあ、さっそくお願いがあるんだけどいいかな?」

 命令ではなく、お願いと言うところが、この嫌味な主人らしい。

「なんでしょうか?」

 出来るだけ平常心を保ち、問う。今までの話の流れからして、この人はそのお願いのために服従させたとも思えるのだから。

 自然に体が前のめりになった。





「うん。ちょっとさ、僕を殺してみて(・・・・・)ほしいんだよね」





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