腐敗世界用絶対君主の現状_Ⅲ
聳え立つは屋敷。門にある槍の彫刻が醸しだしているのは、気高く迂闊に触れられない威厳。中にいるのは威儀と貫禄を連れた最高神の先代の加護者。
念入りに手入れされているだろう花たちは、僕と凛音を歓迎するように鎮座している。中に白い花が多くあるのは、季節ゆえか、それとも敬愛する神を表しているのか。後者ならば相容れないだろう。
旅館のような和風の屋敷は、先祖代々受け継がれてきた〝二つの槍〟の育成所。当たり前のように存在しているそれの中は、外から見た雰囲気とは格別に違い、人がいないにも関わらず沈黙は殺伐とした空気を呼ぶ。
杢目の柱に、凛音が寄りかかる。ずっと受け継がれてきたというのに老化の見られない屋敷。それはどことなく不気味で、僕よりも緊張している凛音には耐え難いものなのだろう。
寄りかかったまま、凛音が口を開いた。その顔面は蒼白に変わっている。
「そう言えば、当たり前のように入ってきたが……愛佳、許可は取ってあるのか?」
「まさか! 僕がそんなことすると思う?」
「………………」
しまったと顔を歪めるのに、凛音は隠そうとしない。僕がこういう性格だということを一番に知っているはずなのに、中に入って堂々と歩いている今まで気付かなかったのを自己嫌悪しているのだろう。顔を歪めたあとは眉間を親指と人差し指で押さえ、溜息を吐く。
そう言えば凛音、溜息吐くこと多いよね。苦労しているね。主に僕の所為だけどね!
「愛佳……」
「なんだい?」
「家主に何も言わず勝手に家に入ることを犯罪の一種で何と言うか知っているか?」
「不法侵入だよね。それがどうしたの」
「それがどうしたじゃない! お前は自分勝手すぎる! いくらリリス・サイナーに仕えている日熊家の分家だとしても、人として礼儀や常識を弁えろ!」
「ムム…………君から説教されるとは…………、でも、どうして僕が弁えなきゃいけないの? 僕に仕えている家系なんだろう?」
「そういう問題じゃない! 開き直るな!」
眉間に皺を寄せて説教する凛音は、まるで姉か煩い母親だ。それか小姑。凛音に兄妹はいないけどね。じゃあ意地悪な継母かな。それも違うか。
今もぶつぶつ言っている凛音の声は、結構大きかった。そうすると、僕の存在に気付かなかったここの住人も、そろそろ出てくるだろう。
この時点で、展開は決まっている。
凛音の後ろにここの当主であり元リリス・サイナーの加護者である日熊恵一郎と〝二つの槍〟が、こちらを見ながら驚いた表情で固まっていた。
日熊恵一郎を実際に見たのは初めてだが、この屋敷には〝二つの槍〟と教育者しか住んでないはずだ。人が出入りしない空間で、〝二つの槍〟は育てられるのだから。
まだ何かを怒鳴っている凛音は、後ろにいる三人に気付いていない。日熊恵一郎も、ひなつくんと一緒に驚いて固まったまま、まだ動く気配はない。白夜に小さく手を振ると、振り返してくれた。
いいだろう。ああ、いいだろう。凛音をからかうのに、こんな絶好な機会を与えてくれる神がどこかにいるのだろう。決してあのニヤニヤ神ではないだろうが、どこの誰か分からないが面白そうな神の導きだ。――――――ストレス発散しよう! アハッ!
「凛音。もしくは純血ツインテールの可愛い天然ちゃんよ」
「何だ、行き成り」
「君に朗報があるよ」
「それはいいが、その前に購買で常識を買ってこい」
「その購買はどこかな。――取り敢えず、君に所為だと言っておくよ」
「うん?」
訝しむ凛音に、僕はゆっくりと人差し指を日熊恵一郎と〝二つの槍〟がいる方向を指す。凛音は自分が指されていると思っているのか、首を傾げて無言で僕を見ていた。
僕はそれこそ神だと思わんばかりの極上の笑みを浮かべる。その内側は悪魔しかいない。
「君が騒いだ所為で、もう来ちゃったようだよ」
「は?」
「凛音よ、後ろを見なさい」
振り返った時の凛音は、日熊恵一郎とひなつくんと同じように固まり、動かなくなった。長い沈黙はあまり好きではなく、白夜に久しぶり、と話しかければ、おお、いつかぶり、と返ってきた。
数秒後の、または数分後の凛音の絶叫は、言うまでもないだろう。
場所は変わって畳の並んだ、新築されたように綺麗な客室。和風なだけに盆栽もあり、サボテンがあって触ってみたら凛音に怒られた。あとサボテンの針も刺さった。痛いね。刺さった針は日熊恵一郎が取ってくれたが、凛音の怒りは取ってくれなかったようで、今もやっぱり親友は煩い。
「本当にすまない! こいつには悪意しかないが、わたしに悪気はないんだ!」
僕の頭を強引に下げさせようとする凛音の手を軽く叩き、無視する。
「その謝罪、ちょっと間違ってない? いや、間違っては無いけどさ、言い方が間違っているんだと思う」
「どこか間違っていると言うのだ」
「普通はそんなに詳しく言ったりしないで、悪気はなかったんです、で終わるだろう」
「何事も詳しく言ったほうがいいと思うぞ」
いいけど、聞き方によっては君だけ言い逃れしようとしているみたいだよ。天然ゆえの言葉の綾で、本人に悪気は一切ないようだが。
――――こいつに悪気はナインダ!
「気にしないでください。ここに入るのがリリス・サイナーならば、むしろこちらから迎えなければいけないのですから」
「それでも、何も言わないで入ってくるのは聊か非常識の度が超すのでは」
「ひなつ」
失礼な物言いに、名前を呼んで窘める。ずっと睨んでくるのは、口を挿んだひなつくんだ。その目には人間性への嫌疑が取れる。きっと凛音の天然さに驚きすぎているだけだろう、フッ。
日熊恵一郎は突然のことに驚いたものの、流石は当主と言ったところか、すぐに冷静になり、客人の僕たちにそれなりの対応をしてみせた。しかし、強面の男に敬語を使われているというのも、慣れないな。
まぁそれでも、初めから驚いても動じない白夜の方も凄いけど。
「いやいや、すまないねえ。――凛音がおかしくって」
「わたしに擦り付けるとは料簡だ?」
「君たちに折り入って話があって」
凛音を無視して紡いだ言葉に、ひなつくんの表情が強張るのが分かった。何に怯えているかは知っているが、今日の話はそれと似ているようで、ちょっと違うもの。
エレジィゲームの情報についてと、もう一つ。
「――――君ら全員、僕の〝眷属〟にならないかい?」




