腐敗世界用絶対君主の現状_Ⅱ
〝自殺実験〟の内容を何にしようか悩んでいたら、四時間はあっというまに終わった。ロープで首を吊って縊死。毒を飲んで服毒死。事故に見せかけた轢死。風呂場でどうにか感電死。零度の地獄を一ヶ月で凍死。どれもいいけど、やっぱり首切って死んだ方が早いよね?
エレジィゲームの話題で賑やかな教室を見渡す。誰も、何故、とか疑問に思わない。だって、リリス・サイナーが主催だから。頭の中で勝手に理由があるのだろうと思い込む。それが間違いなんて知らない。知っていたら、いや、もしかしたら、知っていても、この世の人間であるかぎり、泣き叫ぶなんてしないだろう。
だって、そういう世界で、そういう人類だから。
一言で終わってしまう理解不明な場面に、自分が慣れてしまっているのも、なんだがムカつく。今度悠馬のお見舞いに行こう。そして八つ当たりしよう。
何か理由があるのだろうと言う考えはきっとあっているが、本当に理由なんてない時にも同じ考えで済ませてしまうのは、宝の持ち腐れならぬ頭の持ち腐れだ。死者に与えてやれ。蘇るわけではないが。
チキュウだったころからまた小さくなった携帯を出し、前島さんとメールアドレスを交換。そのあと写真を送ってもらった。
神器の写真は、全部で三つ。これ全部は中央図書館にあるのが確定しているものらしい。
「いやあ、すまないねえ」
「いえいえ、何に使うかは知りませんが……お役にたてるなら」
「ふ、ふふふ、ふふふふふッ!」
「うふふふふ…………」
何これ超怪しい。
きっと前島さんは本当に嬉しくて笑ったのだろうが、こっちは詐欺師が太い金づるを騙しきった時の笑いだ。この不気味さは信者にとってどんな風に見えているのだろう。天使の笑みか。僕は神だけど。
笑顔のままで前島さんが友達のところへ行くと、携帯画面に映った神器を見る。
一つ目はペンダントの形をした神器。大きなルビーの宝石を飾った派手なもの。
二つ目は腕輪の形をした二つでセットの神器。透けて見える水色のもの。
三つ目はピアスの形をした神器。紫色のマグネットピアスだ。
ペンダントは空間変化。腕輪は遠くにいる人への意志疎通。ピアスは一時だけ時間をとめることの出来る神器だ。
結構有名なもので、教科書にも載っている。
教科書に載っているとなると、早く何か予防しないと、もう神器を集めだしているかもしれない。
中央図書館は警固されているが、下っ端とは言え、神に直接加護を貰っている秋名には、ただのサイナーじゃ到底敵わないだろう。神はそれだけ、この世界の中心であり、この世界では偉大だ。
携帯を治して、ドアのところで待っていた凛音へ歩み寄った。
「今日はどこで話すかね」
「資料室は使っているらしいぞ。音楽室に行こう」
「ん、そだねえ」
それが役目と言わんばかりに揺れているツインテールを見ながら、凛音の後ろを着いていく。凛音があまりにも背筋を伸ばしキリッとしているためか、前を歩こうとは思わなかった。
家庭科室と調理室の奥にある音楽室は、基本自由に出入りできることになっているが、生徒は授業以外で入っているのを見たことがない。二年になってからは僕と凛音が使っているのもあるだろうが、一年の時でもそれは違いなかった。
いつもの静かな空間に知れずに肩を落とす。今日は疲れた。今日はまだ終わっていないが、午前中にうちに三日分くらいの疲れが一気に凝縮された感じだ。本当にそうなったら、もう家に帰っているだろうが。
「愛佳、エレジィゲームのことだが」
「ああ、うん、そう。ゲームのことだよ。意識がちょっと逝ってた」
「大丈夫か? 疲れただろう? 保健室で話すか?」
「聞かれないためにここに来て話しているんだろう。保健室じゃ意味ないじゃないか」
「まぁ、そうなんだが……。無理してまで話すようなことではないと思うぞ? 皆が混乱してすでに殺し合いを始めているならともかく」
「残念ながら似たようなことが起きたよ」
「――――――何?」
途端に表情を歪める凛音。この子はまっすぐすぎるから、この世界にどうも馴染めない。それはチキュウの時の常識を知っているから、いいことなのだろう。だが、この子もあのニヤニヤ神に振り回されているのだと思うと、腹が立ってくる。うーん、悠馬の見舞いは今日行こうかな?
それはさておき。
「三時間目の理科の時間。一人殺されたよ。あのリリス・サイナーサマが許してクダサッタノダカラーとか言いながら。意味不明な男子が、女子を一人、ね」
「……………………」
凛音が沈黙したのは、僕の敬語が棒読みだからだろうか。それとも起こった事件に対してだろうか。この子なら後者だろう。僕の過去を知っている分、死に敏感だ。
考え中のポーズをしていた凛音は、音楽室のイスを一つ、僕の後ろに持ってくる。流されるままに座り、凛音も近くにあったイスに座った。そしてまた何か考えている。このためにわざわざ動いたのか。律儀というかなんというか。流石昔から僕の傍にいるだけあるよね。
思考を覗こうと思えば見られるが、それは凛音が言いにくそうに口を閉ざしているのが無駄になる。結局言うだろうが、あまり人の思考を邪魔するのもどうかと思うので、放っておく。どうせ見てもいいことないしね。これが本音とか関係ないし。
って、思っていたんだけど、もういいよね、聞いても。なんか考え時間長いよ。僕を待たせるなんて何様のつもりだろう。凛音様か。あんまりしっくりこないね。
「何か言ったらどうだい」
「じゃあ、そのこと、詳しく教えてくれ」
「なんのことかな」
「一人死んだとか言っていただろう」
「なんのことかな」
「…………愛佳、拗ねるのは後にしてくれ。今は真面目な話をしているんだから……」
「なんのことかな」
「後でチョコやるから」
「………………………………………………………」
君は僕をなんだと思っているんだい。君だけじゃなくて奏多くんもだけど、僕を人間じゃない何かで見ているんじゃないかな。神様とか。僕様とか。とにかく、高位の人外っぽいものに。高位なのは絶対。
あ、でも、神様でも僕様でも天使様でも、チョコは関係ないか。
「その男子と女子が手紙交換していたんだけど、先生に見つかったら責任の擦り合いになって、男子の方がキレて女子を丸焼き。豚じゃないのが惜しいね」
「不謹慎だぞ、愛佳」
睨みながら言ってきた。凛音が僕相手に強気で言ってくるのは、なんと、珍しい、……よね、多分。今までそんなになかった気がする。あったのは前世だから懐かしい気分しかしない。ごめんよ、怖くないさ。
あと、チョコ欲しさに言ったわけじゃないから、出そうとしなくていいよ。
それにしても、情報が少ないのには変わりないようだ。凛音もあまり詳しくは知らないようだし、周りの生徒もそう変わりない。殺し合いがあるのはいつものことだし、だからと言って変わってしまえと思っているわけでもないけど。
ここに来て、悠馬の存在理由が一つ見つかった。いや、存在理由がないわけじゃないけど、悠馬はこんなところでも役に立っていたというわけで。僕は何に言い訳しているんだろう?
「情報が集まるところに行きたいな。人が集まれば自然と情報も集まるが……」
「うえー、人だかりのあるところ行くのかい?」
「我儘言うなら、違う場所を見つけろ」
人が集まるようなところではなく、しかし情報の集まる、それは便利なところ。そんな使えそうなところがあるなら、とっくに行っているよ。
――――あー、力使うか。人だかり絶対疲れるし。
「<探索>」
小さく呟くが、凛音には聞こえていたようで、呆れて溜息を吐いている。
頭の中がかき乱される。記憶の隅から隅を力でかき集め、それを中から探していく。――――ひとつヒットした。まあまあいいところだけど、凛音は入れるかな?
「凛音」
「なんだ」
「今日の放課後」
「ああ」
「日熊家行こうか」
「そうだな。――――は? 日熊? 〝二つの槍〟の?」
「うん」
「…………」
「うん」
放課後の予定が決定されましたー。




