腐敗世界用絶対君主の現状_Ⅰ
ふはいせかいようぜったいくんしゅのげんじょう デス
悠馬がまだ入院していることに悔やんだのは残念ながらこれが初めてだ。
深夜の、煩く派手なゲーム開始のあの事件。その翌日。いや、翌日というのも正確ではなく、その数時間後の朝。
金曜日の教室は昨日のことについてざわめいている。
騒がしいのは別に嫌いじゃない。苛立ちの原因はそれじゃない。
誰だろうか。秋名か夏名か、それとも有り得ない凛音だろうか。どこからか噂が流れていたようで、リリス・サイナーの力を持っているという〝噂〟の樋代愛佳に夜の件で悩まされたと勘違いしている生徒が何人も話しかけてきたのだ。人数が尋常じゃない。一学年ぐらいの人数が来ているんじゃないかと思うほどだ。もちろん笑顔で訂正して追っ払ったが。
色々情報が聞けるのは嬉しいが、いつもだったらこういうのは、悠馬が来たら大体のことが分かるのだ。彼は美形ランキング四位――今は三位だが――の人材だ。それなりに人気者であり、情報が集まってくるのだろう。その情報を横取りするのが面白いのに、なんで来てないんだ。怪我をしているからか。そうか。つまらん。
それに、悠馬が来ないとなると、クラスメイトの主に男子群が煩い。
夏名は死んだし、元々同じクラスではない。秋名は同じだったが、反女王派がノコノコ顔を出すわけがない。退学届が出たと同時に行方不明らしいが、夜の件によって、それはざわめきの理由にはなっていない。つまりいないけど、誰もそのことを気にかけてないのだ。
残るは悠馬と凛音なのだが、凛音も別のクラスで、最後の悠馬は入院中だ。来週にはもう来れると言っていたが、それまでは取り巻きたちに囲まれることになる。プラスアルファとしてリリス・サイナーの力を持っている、つまりは今代のリリス・サイナーだとばれたため、信者にも纏わりつかれていた。叫んでやろうか。きゃー痴漢ー! 男子生徒がいないと面白くないけど。
信者とかまだ純粋な取り巻きから情報を巻き上げると、どうもリリス・サイナー限定のゲームと言うのは本気らしく、サイナーじゃない知り合いがいる生徒が電話をかけてみたら、サイナーじゃないその知り合いは、昨日の第六感目の不快感は襲ってこなかったそうだ。
だが、サイナーなら必ず不快感に襲われたと言うわけではなく、愛神市の外に住んでいるサイナーの知り合いに電話したところ、その知り合いも不快感には襲われなかったらしい。つまり、サイナー限定で、しかも愛神市に住んでいるサイナーのみ。
それを全て纏めた上で分析すると、信仰対象であるイダイなリリス・サイナーサマは、生徒たちに殺し合いをさせたいらしい。愛神市には最低限の大人と中学、そして高校が人口のほとんどを占めている。その他は生徒の家族か老雄、あとは金持ちが多い。その金持ちも、サイナーであることは必須だが。
実際、世界の人口でも九割はサイナーで、残りの一割は人工的にサイナーとなるか、サイナーじゃない人間――ラインである。
人工的と言うのは、市民の形だけ正義を守る警察が編み出したもので、対サイナー用と要人の防衛のため作り出された、力の込められた道具――神器でサイナーの力を使っている人もいるからだ。
「――――愛佳さん?」
クラスメイトの奏多くんとやらに話しかけられて、聴覚を戻す。考え事をするときには聴覚を消すくせがついてしまった。
「ああ、僕、ちょっと寝不足でね。ボーッとしていたかな」
「愛佳さんでもボーッとすることあるんだね」
どういうことかな、奏多くんよ。僕も人間なんだから。
「もうすぐ一時間目始まるよ、国語だから早く準備しないと」
それは大変だ。歳を重ねて煩くなった毒島先生はやっかいだからね。
ちなみに、僕の呼び名は大体「愛佳さん」である。樋代だなんて少し他人行儀に呼ぶのは信者で、取り巻きが愛佳さんと呼ぶのが普通である。
資料を持って入ってきた毒島の目を盗んで、前の席の前島さんに手紙を送る。
手紙を見せた時は凄く驚いていたが、目の前で手を振ると我に返り、手紙を奪うと急いで返事を書く。今、授業中だよ? 見つからないようにしたまえ。
すぐに戻ってきた手紙には走り書きで書かれた文字。
――――分かりませんが、多分、そうだと思います。父がよく写真を見せてくれるので。
僕が聞いたのは、神器が愛神市で保管されているのか。保管しているのは愛神市の中図書館か。それを、親が中央図書館の要人であると言っていた前島さんに聞いたのだ。とはいえ、自分から聞き出したことなので何も言えないが、情報を流していいものか? ま、僕には関係ないし、いっか。
新しい紙を用意して、後でその写真見せてくれないかな、と書いて渡した後、教科書を読むのに当てられ、資料を見ながら読んでいく。
呼び終わって座ると、もう返事を書き終わっていたらしく、前島さんの返事がすぐに届いた。
――――了解です。昼休みでいいですか?
丸っこい文字で書かれたその文字に思わず笑ってしまい、慌てて表情を戻す。
似ていたのだ。字が、似ていた。秋名の文字に。
だが、それがどうしたと言うのだ。自分らしくもない。〝あれ〟は裏切った。反女王派につき、僕を殺すために危険な道を選んだ。〝あれ〟はもう、親友じゃない。復讐の鬼ならぬ神、あるいは甘言を振り回す悪魔に魅入られて、その悪魔と契約したのだ。
なんだが、こう考えるのも、面倒くさいなぁ……。
前島さん神器の居場所を聞いたのは、秋名がその神器を奪いにくると思ったからだ。
下っ端の神が集まっただけでは、最高神リリス・サイナーを殺すなんてできない。というか、リリス・サイナーを殺すのは不可能だ。リリス・サイナーの能力は、【なんでも叶う】力だ。本気で戦おうとしれば、全ての神を無力化にすることくらい出来る。
それならば、狙われるのは僕だ。
神を殺せないのならば、せめてその手下を削れば、嫌がらせくらいにはなるだろう。彼らがしたいのは復讐であって、嫌がらせじゃないけれども。僕はあのニヤニヤ神の手下じゃないけれども。
だが、僕を倒そうにも、僕もリリス・サイナーと同じ力を持っているため、油断してかかれない。罠を張って、力をつけて、隙を衝く。そうやってようやく殺すことが出来る。まあ、それでも、簡単には死んでやらないけど。ちゃんと殺してくれるのなら喜んで死んであげてるけど。あはっ、僕ってば諦めるのはーやーいー!
そこで、ふと、思い出す。
そう言えば、あの神が僕を転生させたのはよかったが、いや、よくないけど。親友探しのゲームの途中で僕が死んだらどうするつもりだったのだろう。疑問がまだ解明されていなかったことに今更気付く。
そうだ! 悠馬たちがいなくて暇だし、凛音には悪いけど、家に帰ったら自殺してみよう! そうすれば疑問が解明されるさ! 運が良ければそのまま死ねるしね!
思わず鼻歌まで歌っていたら、クラスメイトに変な顔をされた。僕が鼻歌を歌ったらおかしいかな。その鼻歌の所為で毒島に当てられたけど、僕の完全記憶能力が華麗に回避。というか、彼女も僕を目の敵にするの、やめればいいのに。
その授業時間は、珍しく気分が良いまま終わった。




