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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第三章 セプリアドゥー・ドゥーウェンの死想
66/116

Prologue_Ⅰ

色つき→過去

色なし→現在




 ―――― 一年前、七月。

 ダイヤモンドが反射した時のように、眩しさに目を細める太陽。煩い蝉の雑音(ノイズ)。顔に被さる木々の影。道路上のミミズの死骸。額に流れる汗。拭う手の暖かさ。体に張り付く生地の薄い服。特にその日は、暑かった。


 目の前にはクリーム色の壁。新しく自分が住む、お婆ちゃんの家。腰まである青色の髪を左上に高く結んだ。眩しさに目を擦った。

 早く運ばないと通行人の邪魔になる。三個積み上げられている段ボールを一つ持ち、片手で上手く家のドアを開く。


 いつかは来るだろう日は、つい一週間前だった。

 お母さんとお父さんの不仲は近所も知っていて、本人たちも隠していなかった。そのうち離婚するだろうと自分も思っていたし、隣の家のおばさんに大丈夫かと聞かれた時もあったが、その気遣いが逆に失礼だとは思わないのか。


(もうアタシも十三歳よ。中学生がそこまで悩んだりしないんだから)

 自分に言い聞かせるように頬を引っ叩いた。


 だから離婚すると聞いた時、別に驚きはしなかったが、哀しみはあった。今まで暮らしてきた両親。毎日喧嘩ばかりだとしても、ここまで育ててくれた二人。どちらか一人を選ぶなんて出来なかった。

 選んだのは父親の方のお婆ちゃん。優しくて甘やかしてくれた、その人。



「本当に荷物それだけか?」

「うん。元々捨てようかと思ってたやつも多いし。これもほとんど服だっかりよ」

「そうか。ならそろそろパパは行くけど……。本当に大丈夫か?」

「お父さん、そればっかりね。大丈夫よ。むしろ、この愛神市に住めるのはいいことじゃない」

「お前がそうならいいが……」



 苦笑を漏らすお父さんは、まだ釈然としていないようだった。心配性の性格は、まだ自分が小さい頃からなおっていない。そんなところも、自分がお父さんの大好きなところだ。

 黒色の車に乗り、窓から顔を出して最後の別れをした後、また作業に取り掛かる。そう言えば、ふと、思う。こっちに住んでいる従姉弟は何処に家があるのだろうか。まったく聞いてなかった。


 段ボール二個目を持つと、最後の段ボールも下からなくなった。驚いて見てみると、いつの間にか隣に従姉弟の夏名が、段ボールを一つ持って微笑んでいた。

 ――ああ、懐かしい。



「久しぶり、秋姉(あきねえ)

「久しぶり、夏名」



 夏名は従姉弟であり、愛神市に引っ越してくる前からの幼馴染でもある。自分の方が誕生日が早く威張っていたためか、それとも純粋に慕ってくれているのか、夏名は自分の事を「秋姉」と呼んでいた。自分も本当に弟が出来たみたいで嬉しかったので、訂正しなかったら、そのまま今日という今日まで呼ばれている。



「今日からここに住むんだ」

「おっきい家でしょ。お婆ちゃん、年金凄いんだってさ。前は偉い人の秘書やってたとか言ってた」

「へぇ、あのお婆ちゃんがねぇ」

「会ったことあるの?」



 首を傾げると、その言葉を待ってましたとばかりに、意地悪に笑った。

「当たり前でしょ。家、隣なんだから」



(どこか聞いてなかったのを悔やんでたんだけど……)

 聞く必要がなかったようで。

 瞼を閉じたり開けたりしていると、夏名は何もなったかのように家に入り、すでに段ボールを運んでいた。

 二階にある自分の部屋へ繋がる階段で、夏名が笑顔のまま続ける。



「ここのお婆ちゃん、よくお菓子くれるんだよね」

「お菓子……。それ、もしかして夏名以外にもあげてる?」

「うん。クラスメイトのやつとか、よくお菓子貰いに一緒に来るんだ」



 今はリビングにいる、優しい笑顔のお婆ちゃんが思い浮かぶ。確かにお婆ちゃんなら、お菓子目当ての子が来ても、笑顔で与えてそうだ。

 思い浮かんだ微笑ましい場面に、口角が緩む。



「それでさ、秋姉。荷物終わったら近くのケーキ屋行かない?」

「今日? 今日は部屋でゆっくりしようと思ってるんだけど……」

「今日じゃないとダメなんだって!」

「何かあるの?」

「ケーキ、カップルに限り食べ放題キャンペーン。今日まで」

「…………」



 邪気のない笑顔に恨めしく思った。人の気持ちも知らないで、軽々しくカップルとか言わないでほしい。尤も、この気持ちを言えないのも自分に勇気がないだけなので、何も言えないが。そもそも言ってしまえば、気持ちがばれてしまう。



「――――相変わらずね。いいよ、行こう」

 言えば凄く嬉しかったのか、鼻歌を歌いだした。両想いの道はとても遠い。



 荷物を置いた後、ゴムテープを乱暴にはがす。財布だけを取り、リビングにいるお婆ちゃんに出てくると一言だけ言って、玄関にいる夏名と一緒にケーキ屋に言った。

 ケーキ屋は家から遠かったけど、夏名の話が楽しくて着くまでの時間も有意義に過ごせた。


 だが、ケーキ屋に着いて思わず声を漏らしたのは仕方がない。

 夏休みの中の休日とあって、客は多かった。それが、このキャンペーン中だと尚更。三人用のテーブルに二人の客がいっぱい。残っているテーブルはなかった。



「どうするー?」

「あー、……どうしよかぁ」



 まさかの状態に、レジ前から動けない。一個ずつイスを貰ってもいいが、テーブルがない。

(誰か譲ってくれないかなー)

 首を曲げ、談笑している人の群れを見ながら、嘆息する。恨めしそうにカップルを見てると、二人客の多い中、携帯を弄りながら一人で座っている女の子を見つけた。

 思い立ったらすぐ行動が悪癖なアタシは、後先考えずその子に声をかける。



「ねぇ、一人?」

 まるでナンパしているような言葉だが、女の子は下を向いたまま短く頷いただけだった。女の子の金の混じった鮮やかな橙色の髪が揺れる。

「それなら、相席していいかしら」



 女の子が初めて顔をあげた。後ろから焦ったような夏名の声がしたけど、意識は女の子の顔に釘づけで、何を言ったのか分からなかった。

(――――綺麗)

 鮮やかな橙色を引き立て役にした金の目。精巧なビクスドールのような容姿。動き一つに気品が溢れている。息をのむ美しさ。



「君は一人?」

 自分がかけた言葉を、自分よりナンパのような言葉で返された。

「いいえ、もう一人。あの子も」

 後ろで真っ青になっている夏名を指さす。いつもなら人を指さすなと説教されるが、その説教が、今日はない。



 彼女は夏名を一回見ると、微笑んでいいよ、と言った。そのことに夏名は驚いているようだったけど、理由が分からず首を傾げるばかりだった。

 ふと気づけば、談笑していた周りも今では嘘のように静まっている。



「じゃあ失礼するわね」

「どうぞ。――――あとさ、君、観光客だったりするかい?」

「え? 観光客、って言うか、今日引っ越してきたの」

「ああ、成程」



 何が成程なのかは知らないが、薄く笑った彼女に見惚れていたため、聞き流してしまった。

 彼女は弄っていた携帯を閉じ、どこかの制服だろう白いスカートのポケットにしまうと、自分と夏名の方に目を向ける。



「私は樋代愛佳。愛神中学校に通ってるんだ。よかったら話し相手になってくれるかい? これから同級生になるかもしれないし」

 そう言った彼女に、二つ返事で了承した。



 これが、ファーストコンタクト。




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