epilogue_D.T
その夜、東城大地は城のような広さを持つ、主人の屋敷を走っていた。その目にはまだ明かりのつけられていない夜の闇のみが映っている。
主人の部屋の扉の前に着くと、疾走をやめ、わずかに切れている息を整え、ノックした。相手が返事出来ない状況だというのを知っていて、ノックしたあとは返事を待たずに勝手に入る。
部屋の中では、案の定、自分の主人が頭を押さえて暴れていた。片手には愛用している黒色の剣を持っており、それでベッドや壁などを引き裂いている。
傍によって腕を掴み引っ張ると、簡単に体の状態を崩す。
こげ茶色の髪は所々真っ直ぐに斬られたところがあり、祝福されている空色の目に涙が溜まっている。ふざけるな。主人の錯乱状態に、原因を恨む。
原因の文字の羅刹は、もう止んだが、拭いきれない不快感は消えなかった。
「気持ち悪いー! 大地どーにかしてよー!」
「どうにか出来るんならとっくにしてますよ」
主人の癇癪終わらせかたが分からない。夜起こされた怒りもあるだろうが、不快感が主な原因だろう。その不快感の止め方を、自分は知らない。
主人の腕を掴んだまま、悩んでいる間にも、叫び続けている。これだと朝まで続いてしまう。
「――――止めたいか」
低い声が、聞こえた。腕はまだ掴んだまま、後ろを振り返る。
そこには、〝黒〟がいた。
全身を包む黒のコート。漆黒の髪は腰まで伸ばされている。目も黒で純血だ。綺麗な顔立ちから男装の麗人にも見えるが、彼は男だ。
「アンタか、方法があるなら早くとめてくれ」
「分かった。――少し、痛いぞ」
急かすと、主人の額に手を当てた。〝黒〟が言ったように痛かったのか、しかし痛いと言う言葉では済まないくらいの絶叫が響く。
ぎゃあああああああッッ!! いぎぃぃぃいいいいいぎあああああああ!!
そろそろ精神による鼓膜が破れそうだ。
主人の絶叫もとい悲鳴は〝黒〟の手が額から離れると同時になくなり、自分の体に全体重がかかる。叫ぶだけ叫んだ後、気絶したようだ。
〝黒〟に問いかける。
「何をした?」
「あの不快感はあと何時間も続くものだ。それを一気に凝縮し、破裂させた」
「悲鳴の理由は?」
「力を破裂させるとき、軽い痛みが来る」
あの絶叫を聞いて軽いで済むのか。軽い苛立ちを覚えるが、彼に対してイラついてもしょうがないだろう。
主人を引き裂かれたベッドに寝かせ、彼に振り向く。
「エレジィゲームって?」
「知らん」
「お前が知らないと?」
「ああ。――どうせ、あの女王の快楽だろう」
「人の主人を巻き込むな」
「俺に言うな」
彼はそう言うと、夜の闇と同化して消えて行った。
表情が読めないのは、彼が神だからだろうか。〝死〟を司る神――セプリアドゥー・ドゥーウェンが消えた場所には、何もの残っていなかった。




