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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第二章 二つの槍、エレジィゲーム
59/116

反女王派_Ⅲ


 香る薬品の臭いに、眉を顰めた。


 上半身をゆっくりと起こしあげ体に怪我がないことを確認する。痛みもなければ怪我もない。それならば、何故、自分は病院にいるのだろう。


 サイナー専用治療室ではないが、白色の多い病室に、一瞬気圧される。だが、何故病院にいるのか疑問の方が勝ち、頭が思考をやめることはなかった。

 ――――あれから、何があったんだろう。


 疑問が多いわりに妙に冷静な頭で情報を集めようとするが、失敗する。そもそも、自分が、自分の意志でここに来たのかも怪しい。


 手足を捻ったり腰を曲げたり、首をぐるぐるまわしてみた。どこにも怪我はない。どこかが欠陥しているというわけでもない。

 ふと、気付いた。


 ―――――――――――――――――――――――()、は?


 ベッドから起き上がり、隣にあった鏡を見る。そこには見慣れた自分の顔と、群青の左目に――同じ色の、右目。

 思わず、一歩後退した。


 よかった。よかった、よかったよかった。違う。あの時とは。違う。ちゃんと、ある。大丈夫。大丈夫大丈夫。ある。右目。ある。ちゃんと。右目。よかった。左目も、ある。両方。ある。ある。ある、ある。なにもない。ダイジョウブ。


 あれから、自分に害をなすようなことはなかったようだ。右目を抑えながら、再度ベッドへ行き、座る。あんなのは、もう勘弁だ。

 冷静から混乱へ、また混乱から冷静に変わった忙しい頭は、軽く頭痛を訴える。


 情報を整理しよう。


 自分は夏名と悠馬と一緒に《過去》を見に行ったのだ。日々ある違和感の正体を掴むために。そう、そこまではいい。

 その後。自分が見たのは、確か愛神中学校の《過去》じゃない。


 ――アタシの、《過去》。


 あの日、あの時、あの部屋で。いつまでも忘れない、忘れられない、あの事件。あの《過去》が見えたの。そう、真っ赤な血を流して、右目のない自分の姿をうつした、あの忌々しいと同時に素晴らしいと思える、記憶。


 それで、――――そう。悠馬が殴られたの。

 誰に? ――――夏名、に。殴られたの。


 落ち着け、何もまだ分かってない。何か理由があってのことかもしれない。夏名は賢い人間だ。それは、従姉弟であり幼馴染でもあるからの信頼。学校に行けば当然のように責められるのに、何であからさまに行動したのかというのもある。

 それは、今度学校で聞けばいいことだ。


 情報が足りない。

 どうして此処にいるのか。悠馬はどうなったのか。夏名もどうしているか。

そうだ。愛佳、愛佳もどうなってるか知っているのか。この状況を。いや、知らないだろう。一緒に《過去》に行ってないのだから。


 でもそれなら、最後に見た光の温かさはなんだったのだろう――。


 ベッドから立ち、病室の外へ出た。

 春風が体にしみる。久しぶりに外の空気を吸ったような錯覚。寝ていてボサボサのままの髪をくしゃりと握りしめた。


 情報が、ほしい。


 思ったらすぐ行動してしまう悪癖が出た。その時、ナースコールなんてものは忘れていて、ただ外の空気を吸って落ち着きたかったのもあるかもしれない。

 早足で進むと同時に愛佳のことを考えていたため、前を見るのを忘れると、人とぶつかってしまった。


 見上げると空色の目。――祝福の子だ。


 空色の目のその人は、こげ茶色の髪を短く切っている、自分よりも背の低い男子。年下そうだが、後ろにいる従者っぽい人に、幼さが残る顔のどこか妖しい雰囲気。腰にかけている真っ黒な剣を見て、祝福の子に会えた喜びより、恐怖が背中をよじ登る。



「――――ウン? 大丈夫ー?」

「ご、ごめんなさい! ――――それじゃ!」



 相手の答えも聞かず、できるだけ目もあわさないようにして、その場から走り去った。途中、看護婦さんから廊下を走らないに注意されたが、それどころではない。


 剣。あの人、剣持ってた。


 この国って、一応銃刀法違反なかったっけ? あんなの堂々と持ち歩いていいの? あれ、もしかしてさっき失礼なことしちゃった? アタシ、殺される? 剣って刀じゃないの? あれ? いや、落ち着かないと。てか、いやいや、サイナーで吹っ飛ばせるでしょ。サイナーの前では剣とか通用しないのに、なんで持ってるの?


 情報を得るために、看護師さんに会おうとしたのに。さっきの人とぶつかってから、小刻みに手が震えている。

 走ったまま、病院を一蹴したあと、結局病室に戻ることにした。余計な体力かもしれないが、色々と吹っ切れた。自分はポジティブなのが取り柄なんだ。狼狽えずに、次のことを考えなければ。


 病室に着き、スライド式のドアをゆっくりと開ける。


 そこには、さっきまであったベッド。鏡。カーテン、医療器具など、真っ白な空間と――――歪な狐がいた。


 青い唐傘。滑稽な狐面。黒いマントに、腰あたりのホルダーに巻きつけているナイフ。顔は狐面で隠され、髪は黒マントのフードで見えない。

 アタシに、こんな変人の知り合いはいない。



「誰?」

「――――」

「どうしてここにいるの? ここは個室よ、アタシ以外誰もいないわ。アタシ、あんたみたいな知り合い、いないんだけど」

「――――」

「ねぇ、聞いてる? どうにか答えなさいよ」



 無音の狐面に、イラつく。問いかけているが、全然動かないし、喋りもしないためか、人形にしか見えない。それでも、さっきドアを開けた時に動いたのはこの目で見た。

 不気味な静寂が続く。

 今度はこっちから喋らない。あっちが何かを離そうとするまで、凝視してやろう。初対面で失礼かとも思ったが、初対面で無視する人に礼儀はいらない。睨みつけると、ようやく返事がきた。



「フクシュウ、しないか?」

 復讐。前半は機械のような声で、後半は二十歳ぐらいの男の声で、(おそらく)彼は言った。

「――――どうしてアタシが復讐しなきゃいけないの? ていうか、誰にするのよ」



 アタシに、復讐相手なんていない。強いて言うならば、あの場で悠馬を殴った夏名だろうか。脳裏に笑う幼馴染の顔を浮かぶ。アタシは、彼に復讐などするつもりがない。正直、クラスメイトより、彼氏のほうが大事だ。

 目の前の狐面は、せせら笑うように言った。



「リリス・サイナーに、樋代愛佳に、復讐を」

 その声は、妙に甲高い女の声だった。

「アイツは周りに不幸呼び寄せる」枯れた老人の声。「実際、アイツの所為で何人もの神と人が不幸になった」幼い女の子の声。「今度もやはりそうだ」中年の男性の声。「今度も、自分の快楽のために人を殺す」声変わり前の少年の声。「実際、お前も失ったものがあるだろう」女か男か分からない中性的な声。



「アタシが、何を失ったって?」



 頭がおかしいのだろうか。崇拝対象であるリリス・サイナーへの復讐を持ちかけるなんて。丁度いい、ここは病院だ。診てもらえばいい。その不気味な声マネと性格を治してもらったらどうかしら。



「死んだぞ」最初の機械のような声で、言った。「――――忍足夏名が、アイツに殺され、死んだぞ」



 漫画や小説のように、目を開くようなことはなかった。沈黙。外でふいている風に吹かれた木の音が響く。死んだ。ただその三文字を、本を読むかのように、なんでもないかのように聞き流した。


 嘘だ。


 だって、どうして、愛佳が夏名が殺さなければいけないの。悠馬の仇討? いや、まず死んでるの? あれだけ殴られたら死んでもおかしくないけど、でも、愛佳は人の敵討ちなんでするような人じゃない。愛佳は博愛主義者で、死にたがりで、特に悠馬に執着を持っているというわけでもなかった。


 額に当てられた感触に、今度は目を開いた。

 狐面の黒い影(・・・)のような手が、自分の額に当てられ、そこからばらまかれるように、入ってくる、記憶。


 夏名が愛佳に笑いかけて、その笑顔が固まって、それから、夏名が逃げるように走っていくのを、愛佳が追いかけ――殺した。

 血だらけの夏名。その隣で薄く笑っている愛佳。



「フクシュウ、しないか」

「いいよ」



 再度問うてきた狐面に、即答した。だって、悟った(・・・)。いや、分かった(・・・・)。この人は、嘘をついていない。

 だって、アタシの性質――【見透かす目】は、嘘の有無を調べるものだから。

 この人は、本気でリリス・サイナーに復讐しようとしている。それで、リリス・サイナーは不幸を呼ぶ存在だとかどうとかの説明も、記憶の中に入っていた。


 愛佳が、夏名を殺すなんて。


 信じられないが、まぎれもない事実であって。それで、殺された彼氏の敵を、彼女が討つのは当然でもあって。復讐なんて、この世界ではなんともない日常の一つであることが。


 ――――とても、哀しかった。


 震えながら、狐面に刺しだされた手を取った。伝う涙は拭わない。拭ってしまったら、耐えることになるのだから。耐えなくていい。これから、その哀しみを全てかき消すために、復讐するのだから。


 復讐から生まれるものは何もない。物語の中じゃ主人公はそう言うのが多いが、生むものはある。小さくて、個人ではとても大きなこと。

 復讐で満たされるものはある――自己満足に過ぎないけど、それで十分だ。


 分かってる。知ってる。ここには、過去を振り返って自己満足で人を殺そうとしている哀れな女と、敵うわけがない偉大な存在に刃向う愚かな狐しかいない。


 それでもいい。

 醜い復讐劇に理由はいらない。


 俯いている間、狐面の奥で、復讐の鬼が笑っていたことには、気付かないフリ。




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