反女王派_Ⅱ
目の前に伸ばされた手は、避けようとする前に、破裂した。
破裂。そう、文字通り破裂したのだ。
腕がボコボコを膨らみだしたかと思うと、内側から無理矢理押し出されるように、腕だった肉塊と血が溢れる。手首から捥げて無くなった手は俺の足元に落ち、床を汚した。行き場のなくなった手に、木嶋もただただ茫然としている。
痛みはないのか。
石のように固まって動かない木嶋の手から、流れる血は止まらない。ロボットの手のパーツを取った時のように、パックリと、なくなっている。
これをするのに、どんな力がいり、どれだけの勇気がいるか。
これだけ惨いことをして、平気なのはただ一人だろう。口の中に溜まった唾を飲み込み、目だけ彼女に向けた。
彼女は、ただただ優雅に笑っている。
「ちょ、お、お父さん!?」
真っ青になって駆け寄る木嶋塔子の手は、青白く光っている。
〝性質〟――――サイナー現象から、人類の体に影響をうけ、生れたものの一つ。サイナーの力に、髪や目の色彩影響。そして、人体による〝本当の超能力〟。
サイナーを授かった体は肉体が変化し、体内を全て真逆に変えることによって、力を維持することができる。今まで足が速かった子供は、遅くなり、歩けなくなったりすることもある。それを補助するために、人類が進化し、体内が作ったのが、もう一つの超能力。
〝性質〟はサイナーとはまた違った超能力で、サイナーが体を崩壊させるものだとしたら、〝性質〟は体を維持されるもの。そのためか、〝性質〟は治癒や再生系統の力が多い。力を使うときには、青白い光に包まれる。光っているのが手だということは、木嶋塔子が持っているのは、おそらく治癒だろう。
手の損失に対し、木嶋は戦意を喪失するどころか、燃えていた。ぶつぶつと不気味に何かを呟き、手を治癒してくれている娘には目もくれず。
思わず、ゾッとした。
その木嶋の後ろに、悠然と佇む人影。
広げられた青い唐傘。狐面に隠された顔。全身を覆い囲むように羽織っている、黒いマントのようなもの。コートにも見える。
この場にふさわしくない姿に、それでも彼女は余裕に笑い、それに問いかける。
「楽しめたかい?」
「――――」
無言、というより、そこに存在していないもののように佇んでいるものだから、もしかしたら木嶋の手が破裂する前にいたのかもしれない。〝二つの槍〟として教育を受け、気配は探れるようになっていたハズだが――迂闊だ。
「こうなるように仕向けたのも、君だろう」
「――――」
「〝二つの槍〟がいなくなったら、こちらも一応困るからねえ」
「――――」
「ま、クズなりに頑張ったんじゃないかな。相手側に味方するっていうのは簡単に予想できたけどさ、ほら、ピンチにまでは行ったじゃないか。僕が来なければ、〝二つの槍〟の片割れは今頃孤児院もとい働きの缶詰だよ?」
どう言われようが、狐面が声を出すことはなかった。
かわりに、部屋の風向きがかわり、破壊されたドアの方向から、霧が部屋を包む。こんなサイナー、あったか?
霧に包まれた部屋に、金属音。
殺気から危機だと思い、自分が性質【磁石】――自分の背後にできた異空間のノイズ――から出した〝槍〟と、相手の狐面が投げたナイフが、偶然にぶつかったのだ。
敵か。でも、リリス・サイナーのいるこの場で、戦闘などと。何を考えているんだ。
「反女王派だよ。彼はリリス・サイナーを敵対している神の端くれだ。神を殺そうとしているのに、恐れていたら意味がないだろう?」
俺の気持ちを呼んだのだろうか、彼女が言った。
「反女王派……」
聞いたことはある。リリス・サイナーの守り目として、〝二つの槍〟として、敵対する神。
「構えたまえ、ひなつくん。これからは口論じゃなくて、ただの殺し合いだよ」
彼女が言った言葉に、〝槍〟を構える。
狐面の足元から風が舞い、その風が刃となる。
彼女が言った言葉を合図に、文字通り、殺し合いが始まった。




