神により快楽に酔う、_Ⅲ
体の中に神様が存在してます。何事か。
隣に先生がいることを忘れて、頭を抱えて固まってみた。状況は変わらないけど、驚かないのは逆におかしい。
どうしたんだよ、俺の体。先生が普通に接しているところ、先生はこの状況を知らないだろう。知ってても困るけど。
何事あって、コレデスカ。
――――んーとね、何から話せばいいかなぁ。僕の大好きなリリスがなんか悩んでるところから? それとも、悠馬くんがボコボコのボッコボコにされてるところから? それとも《過去》から《現在》に帰ってきたあたり? というか、なんでいきなり敬語?
相手が神様だからですよ、その神様や。陽気な口調に、天然まじりな性格。言わなければ、神様とは誰も思わないだろう。
姿形の見えない神様。姿も形もないのが神様にとっての普通なのだろうか。それにしても、奇妙な感覚だ。
「越智くん?」
声をかけられて、ようやく沈黙が続いていたことに気付く。
「あ、や、もう寝ようかなーって、思って……」
こんな状況で寝れるか。
心の中で毒づきながらも、自分がとっさに嘘を付けたことに、表情に出さず驚いた。これは、神様パワーだろうか。違うか。
先生はあらそうだったの、と言うと、様子が可笑しかったのもあったのか、そそくさ帰って行った。ああ、帰ってくれ。じゃないと、このままでは独り言の多い変人になってしまう。声に出さずとも、先生の相手は出来なくなるし、色々話を聞きながら変な顔をしてしまっても恥ずかしい。
先生が帰って行ったあと、三秒ほどドアを見つめ、それから、体内にいるらしい神様に問う。
じゃあ、俺が《過去》に行って帰るところまで。詳しく。
――――うげー、詳しく? 面倒くさいなぁ。話さなくていい? パパッと記憶見せちゃっていい? いいよね?
記憶を見せる。見せるとな。
頭の中が、何かに吸い取られるような感覚。または絞めつけられる感覚が襲う。思考があやふやなまま、俺は意識を体から引き離された。
目を開けて入った赤色パレードに、思わず座り込みそうになった。
ああ、そうだ。これが、俺の見た《過去》だ。
今の自分と同じように、右目にぐるぐる包帯を巻いた忍足秋名に、血に染まって笑っているアイツ。そして、無表情に観察するように突っ立っているのが忍足秋名。こっちが、《過去》の部分。
真っ暗な空間の中、見えないイスに縛り付けられているように浮かんでいるまま、目の前に画面として見える《過去》。
画面の左側を見る。
ぴくりとも動かない、泣いている表情のままの忍足秋名。倒れて血塗れの俺。血塗れバットを片手に、妖しく見える忍足夏名の顔。
俺を殴りやがったのはお前か。
画面の中の忍足夏名を睨む。前々から嫌いだったが、《過去》で殴りまくって、背骨やら腕やら折りやがったのは、コイツ。
でも、なんでだ?
日頃皮肉を言いまくってるし、喧嘩も売り続けているが、そんなこと、忍足夏名は気にしないだろう。いつもさりげなくスルーして、すまし顔でやり返してくるのが、忍足夏名だ。こんな堂々と暴行するか?
忍足秋名が前のめりに倒れて、驚愕の表情で見つめている。
ショックだろう。あの二人、付き合ってたんだろうから。だからと言って、庇ってやる義理などないが。むしろ学校側に殺されかけたと言いつける。ただの暴行で退学にはならないだろうが、殺人未遂ときたら愛神中学校の品に関する。退学になるだろう。ハッキリ言っていい気味だ。
忍足秋名が何かを言おうとした時、画面をかき消すかのように、光が降ってくる。
場面は変わり、どこの室内は分からない《過去》から、病院に戻った。
治療室には誰も来ていない。俺と、神様である一柱だけが存在している。
目を開けて少したつと、自分の体にまた違和感が湧き出てくる。自分がこちらに戻ったと同時に、神様であるアレイル・レートシンスも戻ってきたのだ。―――体内に、だ。
無表情のまま、陽気な神様に聞く。
俺、お前と会ってないっす、……ね。
――――ああ、あのまま気絶していたからねえ。あ、君が目覚める前に、君とあの女の子をこちらに戻して、病院の前に転がしたのは僕だよ。
あの女の子、は、きっと忍足秋名だろう。俺のように怪我はないだろうが、ショックもあるし、何より時間を渡ったのだ。相当な疲弊だろう。
俺はもっと疲弊してるけどな!
あの、憎き夏の名前の糞野郎は、ドウナリマシタ?
――――あの子なら、自力で戻ったよ。なんか神の端くれから直接加護貰ってたみたいだし、気もきかせてみて、ほおっておいたんだけどなぁ。戻ってきちゃったよ。あ、現実に戻ってから死んじゃったけど。
死んだとな。殺されたんデスカ。それよも自爆デスカ。
――――殺されたよ。リリスの加護を貰ってる、あの子に。ええっと、樋代愛佳だよ、確か。あの子が学校で殺してたよ。
学校。そう言えば、俺は何日寝ていたのだろう。全身傷だらけに、力を使いまくったんだ。一日二日寝ていても、別におかしいことではない。
寝ていた体を起こす。
それよりも、アイツが殺したとな。アイツなら平気で殺していそうだけど、哀しんだかな。友達だったのに。俺の仇討かな。それだったら嬉しいな。――って、ん?
樋代が、リリス・サイナー? 今代の、最高神の、加護の、女王? デスカ?
――――そうだよ。リリスが偉く気に入っていてね。思わず妬んじゃうくらい。あと、長い付き合いになるから、敬語無理して使わなくてもいいよ。……それより、本題入っていいかい?
ふと真剣に、どこか嬉しそうな楽しそうな声。
今まで陽気な声と口調だったためか、それとも、神様であること再認識したための緊張か、体が固まる。肩が思わず上に上がった。
って、長い付き合い?
〝陽〟を司る神――アレイル・レートシンスは楽しそうな声で言った。
―――――ゲーム、参加しないかい?




