神により快楽に酔う、_Ⅱ
悠馬はサイナー専用治療室で目を覚ました。
クラスメイトである彼女が一度運ばれ、大急ぎで駆け付けたのが一番覚えている。独特の雰囲気に気圧されると同時に、自身が何故ここにいるのかという疑問にも取りつかれ、頭が使い物にならない。
自分は、まだ過去にいるハズだ。
忍足さんと夏名と一緒に、違和感の正体を掴むために行った、愛神中学校の《過去》に。自分が《今》に帰ってきた覚えはないし、帰るために力を使った覚えもない。
――――どういうことだ?
そう言えば、俺は無事に《過去》を見れたのか。
それすらも疑問になっていき、その疑問に答えを求めれば求めるほど頭が混乱していき、どうなったのか分からなくなる。
いや、行った。《過去》に行く直前までの記憶はある。
容赦ない頭痛に、思わず頭を触ると、髪ではない何かの感触。……なんだ?
ベッドの隣に、洗面所があって、その上に小さな鏡がある。わざわざ痛い中、鏡を見に行くとなると、なんだがナルシストの行動みたいだ。
予想は外れていなかった。
中学生の小さな頭に巻かれた、ぐるぐるの白い布。包帯が滅茶苦茶多く巻かれている上に、血がべっとりついている。量は少なくない。むしろ多すぎる。なんで生きてんの、俺。
思わずベタベタ触っていると、ぶぅん、と周りの機械が音を出す。
何事だ。少し不気味な雰囲気な部屋に怖気づく。
機械についている〈核〉が見えた。卵型の丸く作られた、緑に照らされたガラス製のもの。樋代はこれについて何も聞かなかったが、よく見ると気になってくる。
何の〈核〉なのか。
――――考えるならば、サイナーの〈核〉。
サイナーの〈核〉ってなんだ。
――――制御装置とか。サイナー吸い取る機械の〈核〉とか。
サイナーって吸い取るもんか?
――――使うもんだろ。でも、対サイナーの医療器具って、普通の習わねえし。考えても知るかっての。じゃあ、結局〈核〉ってどういう〈核〉だ?
自問自答を繰り返す。答えは出ない。アイツはそれを知っていたから、何も聞かなかったのだろうか。
思考の中に、金色の混じった橙の長髪が揺れる。美少女が薄く笑っているのだ。
治療室のドアが開く。スライド式のドアが静かに音を立てたのと同時に顔を出したのは、保健の先生の水落先生だった。生徒が相次いで病院に運ばれたんだ。先生としては心配だろうし、その度に見舞いにくる精神は尊敬ものだ。事情も聞かせてもらおう。
「具合はどうかしら、越智くん」
「滅茶苦茶頭痛しますけど。体なんか重いっすけど。左腕が動かないっすけど。ま、大丈夫です」
果たしてこれは大丈夫と言っているのだろうか。いや、自分で言っておいて自分で疑うのはやめよう。混乱し続けている頭がもっと混乱している。
水落先生は頬に右手をあてると、目を伏せた。
なんだか、いつもより深刻そうだぞ、悠馬ー。あー、テステス、頭の中の俺、俺の頭の中で俺の声で俺の名前を呼ぶなー。えー、なんかごめーん。
頭の中で自分に謝られる。シュールだ。そして俺なんか可笑しいぞ、こんな性格じゃないし。
「本当に、大丈夫かしら。あんなに大怪我してたのに、助かってよかったわねぇ」
ノンビリ言った先生の言葉に、体が固まる。
先生。なんだが、俺、命が危なかったような感じで言ってますよね。なんでそんなに軽いんですか。他人ごとですか。さいですか。
――――いやまぁ仕方ないんじゃない? 本当に死にそうだったし。
え、何事、何が起こってそんな状況に。俺、喧嘩した覚えねえんだけど。不良の知り合いとかいねえけど。あ、でも、殴り合い、って時点で、まー、ないか。
――――喧嘩っていうか、一方的に殴られまくられてたんだよ。しかもバットで。何度も何度も殴られて。腕とか治すの大変だったんだよ? もー、感謝してよねー。
ああ、なんかすんません。てか腕、治す。もしかして腕とか背骨とか折れてましたよよかいう展開か。なんで治ってるんだ。
――――だって、僕が治したし。治ってるのは当然でしょ。
いやまぁそうなんだけどさぁ。腕折られてんのに、記憶がまずないし、っていうか。一ついいか?
――――なにかなぁ。
お前、誰? 俺、二重人格者だっけ?
――――安心しなって。悠馬くんは正常だよー。僕は〝陽〟を司る神様、アレイル・レートシンス。神様だよー。ほら崇めーい。
俺の知らない間に何があったんだよ。




