女神のようだと誰かが言った_Ⅲ
目の前の真っ赤に、何も言えなくなった。
悠馬の力で過去に行くことになった時、秋名は少し震えていた。今までの違和感が取れることに喜びはあるが、また新たに胸を包む不快感が増えたのだ。
沁みるように入り込んでくる不快感。思わず、眉を顰める。
正体不明の不快感を抱えたまま、悠馬の力で過去に行った。それまではよかった。だが、その後、過去に着いてからの吐き気と意味悪さに、不快感は増していく。
目の前には赤。右目に包帯を巻いている自分。
顔を赤色に染めて狂気に笑っている愛佳。
何も言わず無表情で立ち尽くしている夏名。
堪らず吐いてしまうと、また新たな不快感が湧き上がってくる。力を失った膝が床につき、制服のスカートが汚れてく。
涙が溜まりだした目に映るのは、ひたすら笑い続ける愛佳。
そう、この時。この時、この部屋で、アタシの人生が変わったと同時に、アタシは愛佳の本性を知ったの。知ってる。覚えてる。忘れたことなんてない。
(――――願いを叶えてもらったのよ)
神様のような人に。人格が変わったような、狂った親友に。
締め付けられる感覚が残る頭を叩いた。おかしい。体が動かない。縛り付けられている。何か、に。膝に力を入れてみるが、やはり動かない。
不快感が恐怖に変わった。
何で。こんなことに。過去を見に来たのが、何故か違う過去に来てるし、まず学校でもない。場所は知っている。いつの過去かも知っている。一年前の、自分の部屋。
小さなうめき声が、隣で聞こえた。
相変わらず体は絞められていて、振り向こうとしても、力がまったく入らない。何度も何度も聞こえる声に、何かで殴る音。
なにが、どうなってるの。
堪えていた涙が頬を伝う。震えさえない自分の体に嫌悪感を抱く。隣ではまだ続く耳障りな音。カラン、という音も聞こえた。
瞬間、体が自由になった。
突然のことに体は追いつかなく、前のめりに倒れる。その時見えた、夏名の顔。
血に濡れた頬。今まで綺麗だと思っていた目は狂気に染まっていて。軽く息を切らしている彼の手には、血塗れのバット。近くに倒れているのは悠馬で、夏名の後ろに誰かいる。
(あれ、だれ)
倒れたまま、思う。
(違う。あれは違う。アタシが知ってる夏名じゃない。違う。違う、違う。絶対、違う。あれは、なに。なによ、あれ。夏名にそっくり。倒れているのも、なんだが、知ってる気がする。だって、そんなハズない。越智くんじゃないでしょ、あれ)
狂ってる狂ってる。
思い浮かぶのは、悠馬の頭をバットで何度も殴る、想像。
意識が遠くなるのを感じた。
強制的に眠らされる感覚は、嫌なものではない。この温かさには覚えがあった。
―――――――――――――愛佳?




