女神のようだと誰かが言った_Ⅰ
「それでは、反対派の方から、何が不満かを聞こうじゃないか」
人を見下した眼差しでそう言った木嶋の顔には、余裕があった。本当に思っているのか、自分が勝てると。今まで何でも出来るように教育されてきた〝二つの槍〟の片割れに。それとも、何か策でもあるのか。
「まずは僕から」山本康祐が言った。
「この孤児育成制度を作った理由を教えていただけますでしょうか」
「送った資料に書かれていただろう」
「それは制度の内容ですね。理由とは違います」
眉間に皺を寄せたが、特に言う事もなく、木嶋が答えた。
「最近孤児を引き取った後、殺している親が増えているからだよ。それを阻止するために、孤児は孤児で集め、孤児院での生活に戻すのが孤児にとってのあるべき姿だ。既にこちらは孤児院を受け持っている」
成程。こういう人間がなんでこんな面倒なことしてまで制度を作ろうとしているのか分かった。つまり、制度で親元から離れた孤児を自分の孤児院に移させ、暮らしていけるようにするかわりに、社会勉強と名目して無茶苦茶に働かせる。その後、持ってきた金を横取りしようと言うわけだ。
その中で優秀な子供だけ生かせ、将来金持ちになった時うまいこと利用すれば、自分も社会で生きていける、という考えもあるかもしれない。
しかも、この時悪役となるのは自分らだ。
子供を助けようと必死な大人を、悪者呼ばわりする子供になるわけだから。ああ、なんて醜いんだ。自分のことしか考えてない。
「子供が戻りたくないと言ったら、どうするんですか?」
振り絞るように言った。木嶋は胡散臭い笑顔を浮かべる。
「その時は子供が脅されているかもしれない。部屋や体を調べて子供が虐待を受けてないか、死体が埋められてないか、判断をしなければならない。そもそも、我々に反抗すればそれは罪を犯しているからだろう。まぁそんな姿を見られれば、周りにどう思われるか、言わなくてもわかるだろう?」
つまり、周りの目を気にするなら逆らうなということだ。
焦っている。当たり前だ。これでは、反論のしようがない。でも、そうなっては困る。孤児の俺を育ててくれた、ケイさんに恩返しが出来なくなる。
「では今度はこちらから意見をさせていただこう。――佐藤くん、書類を」
「はい」
佐藤弘が席を立ち、用意していた資料を一人一人渡していく。カラーの、文字の多い用紙を見て、気付いた。自分のだけ、一枚プリントが多い。
そして、そのプリントを見た瞬間。その瞬間の激昂を、どう表せばいいか。
――――もう、こんなやつ死んでしまえッ!
そこには、自分のクラスメイトが殴られている写真と、イスにくくりつけられて動けないようにしているもう一つの写真があった。
余計な動きをするな。すれば、そいつを殺す。
木嶋隆由の声で、幻聴が聞こえた。普通の人間なら、この世界の人間なら、何も思わないのが普通だ。だが、こいつは〝二つの槍〟が人の尊さについて語られ、教育されていることを、知っていてこうしたのだろう。
この外道が。心の中で毒づいたが、ここで裁判長に見せても、現状は変わらないだろう。言ったところで、彼女、クラスメイトは、殺されるだろう。それに、こいつなら、裁判長も息をかけたやつにしているかもしれない。
この外道は、ここまで計算していたのだ。俺さえ何も言えなくなるようにすれば、建前もちゃんとあるのだ。子供二人くらいなら丸め込めると思っているのだろう。実際、そうだ。此処にいるので頼れそうなのは、自分と同じは年下の、緑の目の子ぐらいだ。
泣きそうになった。
なんで、よりにもよって、こんなやつに、自分の人生が決められなきゃならないの、か。ああ、でも、もう勝負がついているのかもしれない。
――――――――――――――――――――――まだ、方法はある。
今から飛び出して、こいつらの上司に写真を見せればいいのだ。誰でもいい。こいつらを社会から消せる人間なら。
でも、リスクが高い。そういう偉い存在には護衛がいるだろう。そこらへんの大人に負けるつもりはないが、もしその上司も腐っていたら。口論席から飛び出したんだ。これだから教育のなっていない子供は、から始まり、やはり親がいけないのだろう、の結論につくのは目に見えている。
俯いて前髪で隠れた目に、涙が溜まってきた。
分かっている。もう、悟った。――――勝てない。
「誰か……」
ぽつり、と呟いた。その部屋には、嫌に響く。
「助けてよ――」
次の瞬間、扉付近の爆音。
焼け焦げた扉が、向かい側に座っている木嶋隆由の後ろまで吹き飛んでいた。その部屋にいた誰もが、行き成りのことに驚いている。
振り返って一番に見えたのは、橙色の髪。
「いいよ、助けてあげよう」
彼女は、そう言って不敵に笑った。
元々扉があった場所に立っていたのは、至高の美少女。
「じゃ、お邪魔させてもらうよ。――――この糞野郎ども」
今までの印象は最悪な新しい自分の主。最悪な状況に、最悪の相手と向き合い、最悪の少女が乱入してきた。それでも、今の自分には、まるで救いの神のように思えて。だって、彼女の横暴さと不敵さには、誰も敵うことなどできない。敵うことがないから、神の最高傑作と崇拝された。
彼女――樋代愛佳は、そう、どんな時だって、余裕に笑っているんだ。




