もう震えない手_Ⅲ
冷たくなった自分の手を、左手で支えた。
ついに、来た。運命の日。裁判の日。俺にとっての、一つの戦争。
何を反論して来ても答えられるようにしている。負けるはずがない。だって、日熊家の二つの槍として育てられたが、ただ敵対する政治家の派閥なんかに、負けるはずがないのだ。今までの努力が否定されるようなことなど、あってはならない。
相手の抗議長は木嶋 隆由。派閥のリーダーだが、金とごますりで生きてきたような男だ。本当は才の欠片もないようなやつだ。
覚悟を決めて、目の前の高価そうな扉を開けた。
中の部屋は長細い机が三つ。一つの机に中年の男性が一人座り、もう一つには同じく中年の男性が三名座っている。あと一つの机には、理知的そうなメガネをかけた、歳の同じくらいの緑色の目の男の子と、二つ結びの勝気そうな金髪の女の子がいた。その女の子の隣に、一つ余っている席が、自分の座る場所。勝負場所。
裁判と言いつつも、これは裁判だとは言えない。ただ、敵対する二つの意見を口論し、一人の優秀な裁判長が判断をする。それだけの行動が、今の自分にとっては一生のものなのだが。
「ふん、遅れてくるとは。流石、祝福の子は神経が図太いようだな」
吐き捨てるように言った声は木嶋隆由本人だ。明らかに嫌味そうな顔。
「お言葉ですが、約束の時間の五分前には着いておりますよ」
部屋の隅にある時計を見ながら言った。
こんなやつに敬語は使いたくなかったが、癖となっている自分の口調をわざわざ変える方が手間はかかる。それに、こんなやつでも一応は大人で、年上だ。
面白くなさそう木嶋が黙ると、こちらも無言で席に着いた。ぎしっ、と小さなイスの音が、静かな部屋には響いて聞こえる。
「それでは、自己紹介から」裁判長が言った。「私は河本雅義。この会議の裁判長を務めることになりました。どうぞよろしく」
裁判長――河本さんが敵対する制度の人達を見た。すると、続いて三人が自己紹介をする。
「斉藤弘です。よろしく」
「遠藤連太郎です。よろしくお願いします」
「木嶋隆由だ。よろしく」
最後の厭味ったらしい声に、目を細めた。
今度は緑目の子、金髪の子が続いて名前を言った。声変わりを過ぎた低い声に、まだ幼い声が震えている。
「山本康祐。よろしくお願いします」
「的井紗枝です。よろしくお願いします」
そして、俺が木島隆由を睨みながら、なるべく低い声で自分の名前を言った。
その後に静まる空気。
口の中が乾燥している。
喉が絞められている錯覚も出てきた。
手の中の汗だけはとまらない。
「――――――――――――――――それでは、始めましょうか」
河本さんの声は、緊張を上乗せさせる。もう、手の震えさえなかった。




