忘却の果てに_Ⅰ
人を一人、殴ってしまったその日の翌日。
その日の今朝方は、僕が教室に入る前からわざめきが生まれていた。
秋名に話を聞くと、この前僕が転入してきたばかりというのに、また転入生が来たらしい。二人も。しかも、三年に。
一番大事な時期に転入してくるのは普通ではありえないが、特徴を聞けば昨日の二人だろうと簡単に推測出来たためか、あまり興味はなかった。
問題はその昼休みに起こった。
自分自身に降りかかった事件ではないが、隣にいる茶髪の男子――悠馬は、凄く不機嫌で、なんとも面倒くさい。
彼が怒っているのは、美形ランキングでその転入生二人が一位と二位にランクインし、自分の順位がさがったことにある。今までの一位が夏名だったため、隣の彼は四位となった。最近は順位をあげようと必死だったが、順位は上がるどころかさがってしまった。だからと言って、そう不機嫌にされると、こちらも居心地が悪い。
「悠馬、君、なんだか面倒くさいよ? 順位なんてすぐに変わったりするんだから、そんなに不機嫌だと、逆に下がってしまうんじゃないかな」
「…………」
僕がそう言っても、こうやって黙るしかしない。彼が僕に対してこんな態度を取るのも、珍しい話だ。そっとしておこうじゃないか。
今は、ハッキリ言ってしまえば、悠馬よりも大事なことを考えているのだから。
それは、昨日の思考が引き継がれたものである。
何故、自分なのか。
何故、自殺したかもしれない自分を、放置したのか。
何故、ゲームが終わった今でも、サイナーの力をそのままにしていたのか。
その三つを考えなければいけない上に、自分は昨日の行動で何をしたかったのかも考えているのだ。
昨日、祝福の子の青い目を見た途端、吹き上がってきた不快感。
何かを諦めているような、何かを悟りきっているような、何かを閉じ込めているような、何かを差別しているような、そんな何かが僕であること示されているあの目は正直に吐き気がするほど大っ嫌いだ。
でも、それに感情的になった自分自身も意味不明だ。
「愛佳、次の理科移動教室だって。早く行きましょ?」
理科ファイルを持った秋名が、教室のドアで待っている悠馬と夏名を指さして言った。秋名、人を指さしてはいけないよ。
ファイルと筆記用具、教科書とノートを持って、三人のあとを追う。
途中、職員室を通るその道は、人が結構いて、進みにくい。
理科室のドア付近で人とぶつかった。まだあまり見慣れない黒髪が視界の隅で揺れる。肩と背の高い黒髪の腕は、逃げるようには離れた。
ぶつかったのは、日熊家のひなつだった。
彼は苦いものを噛み潰したような顔をして、その場で何も無かったように無言で職員室へと向かった。謝罪もなしか。まぁ、僕も殴った後に謝罪などしなかったが。
自分が気にしているのが馬鹿らしくなり、改めて理科室に入ろうとした時、足元に映る白色。
上靴の跡のついたその紙は三つにおられており、封筒に入れてあったのだろうその紙は、一度潰されたようにグチャグチャだった。
ドアに一番近い机に持ち物を放り込み、そこに座っていた生徒焦っている声を丸無視しながら、その紙を拾い上げる。
紙には、一言だけ書かれていた。
――――新泉ひなつ 様。
孤児育成制度の否決の席に、貴方を選択させていただきました。
第一章では愛佳は一年でしたが、
第二章(現在)では二年です。
つまり、ひなつたちは一歳年上。




