女王のゲーム_Ⅲ
映像が終わると、さきほど狐面も連れてきた、最初の空間に来ていた。
全ての始まりを語った、全ての元凶を語った、真っ暗な空間。
「――――――――――ばれてしまったようだねぇ」
後ろに来た、白々しい言葉を吐いたのは――神たちの女王、最高神リリス・サイナー。
まったく悪気のない声に、殺意は籠るばかりだ。
だが、そんなリリス相手に本気になるのも、なんだが馬鹿らしく思え、同時にカッコ悪いと思ってしまった。
最初に出てきたのは、まるで地獄の底を這って舞い上がってきたような、呪いの言葉。
「初めから、僕を殺す気など、微塵もなかったわけだ?」
冷めた目でリリスを見るが、彼女は静かに笑うだけだった。
それから、僕はなんの感情もない
「一人の少女の願いは叶えられました。
もう一人の少女の願いも叶えられました。
それは、神にとってとても愉快なことでした」
――――――だって、少女たちの願いは真逆だったから。
「…………………………」
「………………………………………………」
僕が黙ると、その空間に響くものはなくなった。
当たり前だ。
元々、語っていたのは僕だけだったのだから。
「ゲームに勝っての僕の願いは〝死ぬこと〟だった。
でも、凛音がゲームに勝っての願いは、僕を〝生かすこと〟」
僕が死ぬ直前に感じたのは、〝勝利のサイン〟。
それは、二つの願いが叶えられると言うこと。
でも、二つの願いは真逆で、片方を叶えれば片方の願いは叶えられなくなる。
そして、先に願ったのはチルハの方で――僕には、〝死なせてあげないこともない〟と言っただけで、最初から自分の快楽のゲームだったわけで、
つまりは、言ってしまえば、それは考えるだけで終わってしまうのだ。
だって、殺してあげるなんて誰も言ってないのだから。
「君に良心ってあるのかな」
「随分と前にどこかに置いてきたようだ」
「悪気はあるかい?」
「ないな。自分の快楽のためにやったことだ。悪気があるならやってないし、お前に謝る気も微塵もないな」
淡々とした、ロボットのような言葉に、僕は既に怒りを超え、何も感じなくなってしまった。
何故ゲームをしてしまったのだろう、とか。
ふざけるな、早く僕をコロセ、とか。
この卑怯者が。死ね。いっそ殺す、とか。
さっきまで、色々な感情が、確かに合ったはずなのに。
気付けば、頬に何か冷たいものが伝っているようだった。
それが何か分からないが、水に似た、しょっぱいものだ。
虚ろな目から何が出たのか分からない。全ての感覚が、無くなっていってしまう。
手についたそれを、リリスは憐れむような、いや、なんとも言えないような目で、僕を見ている。
「今、お前が何を思っているか、お前自身、分かるか?」
「―――――――――――――――――――――――――――――――分からない」
「今、お前が目から流している、それの名前を、お前は知っているか?」
「―――――――――――――――――――――――――――――――分からない」
そっと目を伏せ、リリスは言った。
「それはな、涙だよ。つまり、今お前は哀しいんだ」
「かな、しい」
「そう。神もが人間に羨むものだよ。神には司る系統以外に、感情などないからね」
水を操るなら、穢れなき優しい感情を。
火を操るなら、燃え尽きるような感情を。
緑を操るなら、気高き迷いない真っ直ぐな感情を。
「なぁ、〝人間〟」
「なんだい、〝神〟」
「君は、笑えるかい」
「さぁ」
「君は、怒れるかい」
「さぁ」
「君は、恐れるかい」
「さぁ」
「君は、哀しめるか」
「………………さぁ」
「なぁ、〝人間〟」
「なんだい、〝神〟」
「―――――――――――――――――――――――――――死にたいかい?
―――――――――――――――――――――――――――生きたいかい?」
「さぁ」
もう何もかもどうでもいいとしか感じなくなってしまった。
唯一の、人間の誇りを、今、どこかにしまった。
リリスは、世界の女王は、全ての支配者は、子供を宥めるように言った。
世界を、変えてみないか?
腐り、虚無となり、また狂った世界――イル・モンド・ディ・ニエンテ。
狂った世界に狂った人間に狂った神に狂った秩序に狂った常識に狂った行動に狂った、
全てを、変えてみないか?
〝白〟がそう言い終わると、〝無〟は笑った。
それは語りかけではなく、神の純粋なお願いだった。
だから、笑った。
どうにも、可笑しかったらしい。
「うん、そうだね、変える、ね、あの世界じゃ、還る、の間違い、じゃ、ないの。変える、変える、還る。うん、ああ、みたいだね、うん。――いいよ」
全てを、受け入れようじゃないか。
もう何もかも希望を失ってしまうのなら、絶望全てを消してしまえば、どうなるだろう。
受け入れよう。君の、リリス・サイナーの全てを受け入れて、その願い、叶えてあげようじゃないか。ただ、ね。これだけは忘れないでほしいよ。
「僕は、いつか君を殺すよ」
「かまわない」
「僕は、いつも君を嫌っているね」
「そうだな」
〝無〟が、言った。
「君は、僕の支配下だね」
「うん? …………いいけど」
〝無〟が、力なく、泣いた。
泣いているはずなのに、その顔はどこか幸せそうで。
「あの世界で、一からやりなおしなさい。今までの記憶を全て消して、家族もそのままにしておいたまま、またあの世界に戻すよ」
淡々と言うと、リリスは芝居のように大げさに手を上げた。
その表情は、女王には珍しい慈しみと愛しみで出来上がっている。
「それでは、最後に言うことはあるかい?」
そして、最後に、樋代愛佳は言った。
「―――――――――――――楽しかったよ」
その神のような美貌に、特上の笑顔を浮かべて。
長くなりました…!




