女王のゲーム_Ⅰ
血濡れた蜜音さんの背中をどうすること出来ず、あるだけの腕力で蜜音さんの体を引きずり、傍にあった樋代家のトイレの窓から外へ出た。本当は大怪我をしている蜜音さんを動かしたくなかったが、あの狐面の前に置いて逃げ、まだある息の根をとめられたのならば、愛佳に顔見せできない。
外に出ると、大きな音に集まった野次馬が沢山いた。野次馬は蜜音さんの怪我を見ると、救急車だの警察だの言っている。馬鹿ばかりか、まったく。この怪我はもはや治癒のサイナーにしか治せない。
野次馬の一人、誰か知らない主婦に蜜音さんを預け、追ってくる狐面を確かめながら、一定の距離を保ち、近くの公園まで全力で走る。
相手はかなりの手練れだ。
致命傷は避け、蜜音さんを死なない程度に威嚇の対象とした。そしてあろうことか、愛佳まで力は強くないが、わたしもリリス・サイナーの加護を貰っているのに、一人でかかってくると言う余裕まであるようだ。
公園の滑り台の近くにある芝生に手をつける。力は、操る対象の近くにいれば近くにいるほど、強力だ。
それから一秒もたたないうちに、狐面は追いつき、ナイフを投げ襲ってきた。
「<緑神>」
呟くと同時に、ナイフから身を守る植物の壁ができる。ナイフが蔓を斬って襲ってきたが、既に威力はなく、後ろ一歩を下がると難なく避けられた。
それをしている間に後ろに回り来たので、蔓を強く引っ張り、狐面の足を引っ張る。急いで蔓を斬って対処しようとしている間に、新たな蔓を操り、狐面の首を絞めつける。
「<鎖姫>」
狐面の電子音に似た、しかしあくまでも人間の声が聞こえた。すると、足と首に巻きついていた蔓は消え、自分の手元にあった蔓も塵となって消えた。――どの神の加護が知らないが、やはりサイナーらしい。
頭上から王冠のように丸く並んだナイフが落ちてくる。緑神、と呟き、新たに蔓を生み、今度は鳥かごのようにナイフを囲む。その時に後ろに回った狐面は、わたしの横腹を力をいれて蹴った。蹴られてよろめいた方は蔓に囲まれた王冠のナイフがあるほうだった。隙を見てそちらを見ると、蔓は既に切られており、王冠の形のまま襲ってくる。体を捻らせ、蔓を土台に高く飛んだ。
ストン、と着地した時の、首に冷たい感触。
着地した先の目の前にいた狐面のナイフが、首に当たっている。
これが今までの十秒のうちに起こったことだった。
――――いつの、まに。
行動に隙がなく、動きに無駄がなく。
意味は、同じ、か?
とっさに蔓を動かそうとした時、いつもの冷たい声が降りかかる。
「<束縛>」
狐面が勢いよく後退する。
首にあった冷たい感触に恐怖をごまかすため、さすりながら自分も反対側に後退した。声の持ち主は、相変わらず余裕綽々の態度で、その場に降り立った。
「――愛佳」
「やぁ、凛音。君がクズ相手に苦戦すると、加護をしているリリス・サイナーの評判が落ちてしまうよ? ……ま、相手が敵だったら意味ないけどね」
棘のある言葉に、わたしはただ苦笑するしかない。
「愛佳。お前の方が数が多かったようだが?」
「僕の方はクズばかり集められたようでね。目的は君から僕を引き離すこと。失礼な客人の目的は君の命のようだよ」
愛佳は淡々と、分かっている事実だけを述べた。
その言葉の中に悪気はなく、むしろ好戦的な愛佳は無邪気な声で言い切った。
それにしても、目的がわたしの命とは。神に喧嘩を売った覚えはないし、〝反女王派〟なら普通、よりリリス・サイナーの力の加護を貰っている愛佳を狙うハズだ。それでは目論見が、本当の目的が分からない。
狐面は、わたしと愛佳の様子を見ている。
三秒後。狐面が狙ったのは、愛佳の方だった。
愛佳は、動かなかった。
わたしが愛佳を巻き込んでいるため、庇おうと前にでると、とめられた。
冷たい目を持った顔は、笑みに歪んでいた。
「―――ねぇ、凛音。ゲームの途中に死んでしまったら、それはもう事故だよね?」
まずい。
そう思った時には、既に遅かった。
殺されに狐面を笑顔で待っている愛佳。
愛佳を殺そうと凄い勢いで迫ってくる狐面。
足は自然に動き、愛佳の傍に近寄っている。目に焼き付いたのは、ナイフによって切り刻まれる愛佳の体。
涙で霞む目で、倒れていく愛佳の背中に書いたのは、〝勝利のサイン〟だった。
それが、わたしの最後の記憶だった――。




