マリーゴールドの花_Ⅰ
今日二十九日月曜日の夕方は、当然のように寒い。
相変わらずのボロボロの姿で学校を出たのは、四時半だった。
女子も男子も部活に行き、校内には吹奏楽とまだ帰ってない帰宅部のみ。今のうちに、わたしは早足で学校を出る。
ところどころ余裕の出来た駐輪場から自転車を取り、乗ると、校門からすぐある下り坂に着き、風を浴びる。
いつもは五時くらいに学校を出るものをこんなに早くに出たのは、今日が月曜日で、皆が部活に一番集中するため早めに教室の傍からいなくなるから、無駄な時間になるのが理由と、用事があったためであった。
わたしが通っている光聖歌中学校から愛神中学校までは車で十分かかる。それを自転車で行くと約三倍はかかり、三十分もかかるとなると、結構早めに行かなければ、愛佳が誰かの家に遊びに行ったりする可能性もある。そうなると、家で待たせてもらうのは失礼だし、行ったのが無駄になってしまう。
純血である黒髪のツインテールを揺らす春風が鬱陶しく、多少眉間に皺を寄せてしまう。
それから、愛佳の家についたのは自転車を走らせた四十分後。
愛佳の家は普通とは言い難かった。少し他の家よりも大きいく、壁はクリーム色に塗られて、三階まである。家族は確か両親と兄が一人いると聞いた。
樋代と書かれている表札の前に自転車を置くと、インターホンを押す。
少しの間何も起こらず、物音も聞こえないので誰もいないかと思ったが、引き返そうとしたその時に、ガチャと樋代家のドアが開いた。
そして、いたのは男。
上半身裸の、男。
「――――おい、予定にはまだ早いぞ」
なんか言ってきた。ノった方がいいのだろうか。いや、駄目だろう。
「わたしが会う予定なのは橙色の長髪を持った神の目の美少女なのですが」
「だよな。俺も会う予定なのは前髪が変な男だ。女体化あればいいな、って」
嫌な期待をするな。
目の前にいるのは、金髪碧眼で、愛佳にどことなく似た男。別名上半身裸変態男である。
持っていたカリカリくんアイスを差し出すと、どーぞー、と中へ導いてくれる。きっと、この変態が愛佳の兄である蜜音さんなのだろう。それにしても、その前髪が変な男が少し気になるんだが、どうしてくれる。
導いてくれたのは、二階にある「アイカ」と書かれたプレートが下げられている、スライド式のドアを開けた。ノックはしなくていいのか。
そして、蜜音さんがドアを開けた瞬間、文庫本が蜜音さんの顔にヒットした。
大したコントロールだな。ちょっとずれてるか。なんて思いながら、屍(仮)になった蜜音さんを避け、愛佳の部屋に入る。
中は、白で統一された部屋だった。
壁も白。床も白。ベッドも白。机も白。クローゼットも白。そして、今愛佳の来ている服も白だった。 白だらけの服。それは何かの儀式の際に着るような正装に見える。実際、普段着で着るような儀式服などないから、勝手に白装束と言っておく。
フードのついた頭巾のようなもの(白)の下に、ひざ裏まである長さの白衣のようなもの(白)。靴下まで白だ。
「やぁ、凛音。どうしたんだい、こんな時間に。学校サボってきていないだろうね」
「やぁ、愛佳。お前こそどうしたんだ、その服装。これからどこか出かけるんだったか?」
「いや、これは普段着だよ。あの糞―――いや、あの神を敬って白を着こんでみようかと」
「嘘だな」
「嘘だよ」
「…………」
「――――それで、僕は今暇なのだけれども。わざわざ来たなら、何か楽しませてくれるんだろうね?」
「過度な期待は的外れだな。ちょっと遊びに来ただけだ」
「わざわざ?」
「ああ、そうさ、わざわざだよ。親友に会えたのが嬉しくてね」
自分でも思うほどに白々しい言葉だと思う。
それでも、愛佳は何も言わず、家ならいいよ、と招いてくれた。改めて、失礼します、と言うと、なんだか初対面みたいだから、やめなよ、と言われた。
倒れていた蜜音さんが起き、わたしがいるからか、拗ねたように顔を歪ませたが、何も言わず文庫本だけ置いて一階へと降りて行った。隣で、ノックさえすれば何もしないのにねぇ、と愛佳が笑顔で言っていた。兄弟関係がおかしいぞ、お前ら。




