黒色のステージへ_Ⅲ
愛佳が客たちを利用したのに、高いところにある本を取ってもらうための背の高い男と、情報通で噂話が好きな女は好都合だった。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
まずは敵の情報を集めることから始めよう。と、いうこと。
話題がリリス・サイナーとなると信仰対象になるので、訝しげに見られても神の事をよく知ってもらいたいと思う気持ちの人が多く、すんなり話してくれた。まず訝しげに見られなかったことは、愛佳の神の目と呼ばれる金の目を持っているからだろう。
よくあるのは普通の教科書に載っている〝神の敢行〟。女王は私たち人類を助けてくれたのよ、と恍惚の表情で言った女性の人には正直引いた。これが人類なものか。
またよくあるのは〝サイナー現象〟。人間たちの体に異変が起こり始め、サイナーが宿り始めた時の事。笑顔で語る青年にはお気楽でいいな、としか思わなかった。
時々あるのが、本も発売されている〝神様人間説〟である。昔リリスと言う少女が生まれ~から始まりそして神が誕生したのです~までがとてつもなく長かった。愛佳が馬鹿正直に長いと言わなければ二時間くらいなっていたのではないだろうか。神の目を持つ愛佳に対して敬語を使うお爺さんには、引くのを超えて呆れた。
そして結局、あまり情報はなかったとのことである。
人が集まったのに関わらず、少し役に立ったのは神様人間説のお爺さんの話くらいだろう。隣で、愛佳も困った顔している。どうせ演技だろうか。
愛佳は、サクラだった時から、表情が見えない。大胆不敵なのだが、どこか飄々としていてつかみどころがない。また、一種のポーカーフェイスだろうが、常に笑顔でいてどれが本物の表情なのか分からなく、演技に見えるし、本当に演技の時もある。とにかく、心の底が計り知れないのだ。
最後に愛佳が借りていた本三冊を返して、集まる視線の中、手と愛想笑いを振りまくっている親友を隣に図書館を出た。中央図書館にいたのは約四時間で、今は五時半三分前である。
これから約束通り夕飯を馳走するのだが、その前に夕飯を何にするかを考えていなかった。愛佳に好みを聞くときっとハンバーグチャーハンにウインナー入れたやつと答えた。子供か。……子供だったな。
だが、愛神市の大型スーパーに着くと、既にハンバーグとチャーハンとウインナーを入れた籠を渡してくる愛佳のキラキラした目に、甘やかしてしまうのは仕方ないと思うんだ。
今日の分はそれでいいとして、明日からのはどうしようか。カップラーメンと取りあえず野菜と冷凍食品とデザートを籠に入れた。
愛佳が、デザートにいれたマンゴーのゼリーを見ながら、言った。
「親友の同族を食べる気かい? 恐ろしい親友を持ったものだね」
「オレンジ色は全部食べられないのか? そこまで束縛する親友も恐ろしいものだな」
笑顔のまま舌打ちしたのは、きっと気のせいじゃないだろう。愛佳はそう言う性格だ。
――さて。
そろそろ聞こうじゃないか。
わたしの願いは、叶えられるべきか。それとも叶えられないべきか。
「愛佳」
「何だい?」
「楽しいか?」
問うと、ゼリーから顔を上げ、わたしの目を見た。
さっきまでの小さい子供のような雰囲気はなく、目にあるのは〝無〟のみ。ただそこにあるとしか言いようのない、無表情。
「――――――――――――――――――――――――――――さぁ」
首を傾げ、綺麗な金の混じった髪で顔をやや隠しながら言った。
興味ないことには質問にも答えないから、この場合、本当に分からないのだろう。
それから三秒。対して長い時間でもないが、無の目に見つめられているわたしにとっては、とても長い時間のように感じた。
三秒たつと、愛佳のさっきまでの無の目はなく、まるで止まっていた時間がやっと進みだしたような錯覚。目の前で、神の目は笑っていた。誰でもない、わたしを捉えて。
ゾッとした自分の感覚だけは麻痺していない。
愛佳は、――確かにわたしを嘲笑っていた。




