黒色のステージへ_Ⅱ
まるで本当に当然かのように言った彼女に、わたしが返したのは訝しげな表情のみだった。
神を、倒す。それも、最高神であるリリス・サイナーを、殺すと。
まるで今からコンビニ行ってくるみたいな気軽さで言われても、愛佳はサクラだった時から真顔で冗談を言ったりするから、反応のしようがない。素直に驚いた方がいいのだろうか。それとも、冷静に受
け取った方がいいのだろうか。いや、どちらがいいとしても、冷静に受け止めるなんて無理だ。
考えていると、顔にかかった橙色の髪を避けながら、愛佳は言った。
「何を、そんな訝しげに見るんだい。ただ、殺すだけじゃないか」
それの対象が、人ではなく神である時点で、おかしい。
「――――――――――――――――――――――――――策、は?」
決して、何故、や出来るわけない、などと言って、怒らせてはいけない。
「簡単だよ。神にとって予想外なことをすればいい」
予想外なこと。驚けばいい。
愛佳が何を言いたいのか、もっと分からなくなった。
彼女は神を殺すのに、予想外なことをすればいい。そう言った。戦闘中に予想外なことをして、隙をつく。それならいい。だが、まず隙をつくための戦闘すら神には及ばないということを、愛佳なら分かるはずだ。子供な性格だが、それ以上に鬼才、そして奇才だ。無謀と馬鹿の行動くらい区別がつくだろう。
もう一つの可能性はある。驚くことで、そのまま神が滅ぶシステムになっているという可能性。ありえないことではない。神は全てを把握しているのだから、驚くことはないだろう。だから、驚いてしまってはもう神ではない、ということ。
だが、それでもおかしいのには変わりない。
だって、わたしが願いを告げた時、リリスは確かに驚いていた。
何に驚いたか知らないが、心底、それこそ予想外とばかりに。もし後者の考えが合っていたとしても、その時リリスは死んでいるはずなのだ。
告げるべきか。
告げないべきか。
「――どうして、殺すんだ?」
「ムカついたからだよ。ゲームでやり返すくらいで終わらせるなんて甘いことしないさ」
成程。確かに愛佳はそう言う性格だ。だがそれじゃあ、答えにならない。それに、彼女には一つ聞きたいことがある。
「わたしがゲームをしていると、もう確信しているのだな」
「僕に知らないとでも思ったかい。というか、リリスが勝手に吐いてくれたさ」
「リリスが? ……いつ?」
「昨日だよ。夢見ている途中に、入ってきたからね」
入ってきたと言うのは、部屋にということだろうか。それとも、頭に、つまりは思考にということだろうか。
中央図書館の門を抜け、駐車場に入る。
いつも通り客は少ないと思っていたが、今日は物凄く多い。駐車場に車が入りきれず、隣のパチンコの駐車場もうまっているようだった。今日は何かあっただろうか。愛佳が持っている三つの本を見ながら、聞いてみた。
「今日は何かあったか? 祭り、じゃないだろう?」
「そりゃあねぇ。図書館の祭りなんて何するんだい。僕が昨日図書館行ったからだろう。金の目の美少女が愛神学校の生徒だったら、大騒ぎじゃないか。本を借りたから、返す時に会えるだろうと思っているんだろうさ。面倒くさいねぇ」
ならせめて学校の制服で行かなかったらよかったじゃないか。口に出しては言わなかった。
中に入ると、待っていましたと言わんばかりに愛佳の目を見た客が、騒ぎ立てた。
「神の目だ」「あの樋代家の」「祝福の子」「愛神市の最高傑作」「違う。神の最高傑作だ」
珍しいものを見られた時の好奇の目と、
今までの神の目を持った人達への畏怖の目と、
今までの金の目を持った人達への崇拝対象の目。
全てを受けてなお、彼女は笑っていた。
まるで予想していたかのように。
いや、この表情は、実際予想していたのだろう。
そして、利用しようとしている。
――――ああ、厄介な。
今度は目立ったことへ恨めしげに、愛佳へ視線をずらしたのだった。




