越智悠馬というヒト科についての記述_Ⅱ
初めてアイツと話したのは、英語の時間で隣の席と英文を読みあうことになった時。
最初は嬉しい気持ちもあったが、少し不甲斐ない気持ちもあった。俺は英語が苦手でよくサボっていたため、アイツの綺麗な発音には勝てる気がしない。勝とうと思う方がおかしいのだ。
始めは下段上段どちらを読むか、から始まり。
話の流れは発音や読み方を聞くことに夢中で。
最後は頑張れ、との偽物の応援。心中は別だ。
会話はごく普通のものだが、凛としたあの声でそう言われたら、異様な興奮を覚えた。体の底から滲み出る高揚感。そう言えばこの時名前を言ってなかったようだ。
一緒に話した英文は、俺のだけ拙いように感じた。
次に話したのは、確か俺が忘れ物をした時。
教科書やノートなどの忘れ物の類だったら友達にでも借りれるのだが、よりによって一番使う青ペン。実は赤ペンより使う回数の多いそれである筆記用具は、都合よく二つ持ってないのは普通。友達も仲のいい部活の先輩である真桐さんと蜜音さんも持ってないとなると本当に困りようである。
あーやべぇ、とここまでやった自分に呆れ気味に呟いた時、細い手が俺の肩を叩いた。誰だよとか思って叩いたやつの方を見るとアイツがいた。うお、と分かりやすく驚く俺に、貸してあげるよ、困っているんじゃないかい。そう言って渡してきた青ペン。ありがとう、と無愛想に言って素直に借りた。
それまではいい。だが、俺はあろうことかその青ペンを壊してしまったのだ。
後ろの席の杉村と話していた時、肘が筆箱にあたったのが原因。筆箱のチャックは空いていて中身が出てしまったその中に、アイツに借りた青ペンがあったわけで。不幸なことに、その青ペンは割れてしまった。
どうよう。動揺。
あ、やべぇ。青ペンを借りる前より心底動揺した。
あの、樋代愛佳の。あの、金の目のアイツの。借りた。やべぇ。殺される。俺が。信者どもに。やべぇ。や、俺も信者だけど。どうしよ。
青ざめて言い訳を考えていると、割れて散らばったペンを拾ったのは、アイツだった。
瞬間。俺はうざいと思われるくらい謝った。自己紹介の時言っていた言葉を思い出す。潰される。いや、分からない。でも、邪魔するのは潰す。死亡フラグの乱立。周囲の息をのむ視線と殺気。
別にそれくらいで、そこまで謝らなくてもいいじゃないか。なんだか面倒くさいよ?
アイツがそう言った時、一気に脱力した。殺気からの解放で、命の恩人でも見るかのようにアイツを見ると、アイツは静かに笑った。少し、嘲笑われている感覚があった。気のせいじゃないだろう。
まぁそれは置いといて。
その事件から、何か出来ることはないかと、アイツを見ていた。
そんな中で、肝の冷えた事件。アイツが授業中に倒れた時だった。ゴトン、と音がして見ると、イスと共に倒れているアイツ。橙色の髪が無造作に広がっていた。意識は既にない。混乱を隠しきれないクラスメイトのざわめきの中に、アイツの傍に寄ったのは忍足秋名だけだった。
アタシだけじゃ運べるわけないでしょ、ちょっと手伝って。
隣の席の俺は、そうして巻き込まれた。それは幸運な巻き込まれだったけど。
それから何回も同じことが起きて、毎回俺と忍足が運ぶ。それの繰り返しが当たり前になっていた。




