31×リミット_Ⅲ
スパーン! ドアが勢いよく開けられた擬音。なんだが、ス、の前にヴィ、と付け加えた方が合っているのだが。ヴィスパーン、て。掃除道具の総称とか、仮面ライダーのブルーの名前とか、そんな感じに聞こえる。聞いている人が違えば、スナック菓子の名前とか、楽器の名前とか、ワインの名前にも聞こえるねぇ。残念ながら、ヴィスバーンはあるけど、ヴィスパーンは無かった。検索でググれ。
無駄話が長かった。話していたのは自分だ。ま、いっか。
ドアには片手にビニール袋を握りしめている、茶髪に緑の目。恨めしそうに、または疲れ切ったような目をして立っている、越智くん。やぁ、左手を上げて挨拶をしたら、軽く頭を叩かれた。何故。後ろで小さく叫んだ声が聞こえたのか。そうかそうか、……いや、ごめんね? ああ、疑問形だよ、疑問形。うん? だからごめんって。
越智くんは、ビニール袋を私の隣に置き、イスを引き寄せて乱暴に座った。
ビニール袋の中には、三つのパンとオレンジジュース。パンはともかく、オレンジジュースのチョイスにしたのは何故かな。そりゃ好きだけど。髪の色とか言うんじゃないよ。というか、パンも全部私が好きなものばかりなんだけど。君、ストーカー疑惑かかってるよ、越智くんや。
越智くんがこんなにも早く買ってこれたのは、越智くんが時間のサイナーだからである。時間を延ばしたり、縮めたり。一個人にある力では、一日に一回使えたらいいと言うぐらいなのだが、越智くんは空腹の愛佳ちゃんのために力を使ってくれたらしい。惚れちゃうよ、まったく。嘘だけど。
「とりあえず、それ食っとけ。まだ食いたいんなら買ってくるからさ」
頭をガシガシしながら、越智くん。どうやら癖のようだね。
「いやぁ、助かったよ、悪いね越智くん。秋名か夏名に頼もうかと思ったんだけどね、やっぱりあの二人の間に入りたくなくてね。先生に頼むのも、ね」
「俺だったらいいのかよ?」
「だって越智くんだもの」
「……………………俺の親は綺麗じゃねーぞ」
そこか。
「そうかね。前の文化祭で会った時、私は綺麗だと思ったのだが」
「会ったのかよ……」
反抗期ゆえの反抗と羞恥なのか、複雑そうな顔している。そっぽを向いてしまった越智くんと入れ替わりに、秋名と目が合った。夏名と手を繋いでいる姿を見ると、どこか姉妹の雰囲気を思わせる。
「君らは心配してくれないのかい」
「そんなわけないじゃない!」
驚いた。いきなり大きな声を出さないでくれないかな。
「すっごく心配してたんだけど……もう帰る!」
「んじゃ、ね、アイカ」
「じゃあね。夏名、拗ねた君の彼女によろしく」
「まったく……」
溜息を着きながら、秋名の背中を追うように小走りで、夏名は病室を出て行った。
いつの間にか、水落先生も帰っていた。
病室に残ったのは、私と欠伸をしている越智くんで二人。寒そうに、腕をさすっている。思えば、今と言う七時は、もう家に帰っている時間だ。その時間に、泣かせそうにさせるわ、パン買いに行かせるわ、からかうわ。越智くん、なんで私のこと好きなんだ?
「越智くん」ちょっとシンミリした感じで言ってみる。「もう、君も帰った方がいいんじゃないかな。七時だよ。いい番組が始まる時間だよ」
「……ん、確かに……………………てか、俺パシられただけかよ、……帰る」
不機嫌で仏頂面になっているのかと思ったら、半分寝ていたようだった。
最後に眠たそうな声で、明日、よーじ、……と言っていたが、言葉が最後まで言えてなく、何を言いたいのか分からなかった。明日用事なかったら、遊ぼう。とか、明日用事あるから来れないけど、安静にしてろよ。とか。越智くんのことだから、そこらへんで合ってるだろう。おひとよし、なのかなぁ。
自分以外誰もいなくなり、静かになった病室に一人、溜息を吐く。
――――らしくないじゃないか。
行き成り記憶が戻って、勿論混乱はある。今まで忘れていた前世のこと、ゲームのことを思い出して、今まで幸せだったのが嘘のように、死にたがりの私に変わってしまった。まるで、違う人格が〝私〟を潰し、新しい〝私〟を作ろうかとしているような、そんな感じ。そもそも、そんな気持ちを持つのも当たり前なのだ。なんせ、前世でも完全記憶能力を持っていたから、約十年間の記憶が全部脳に入ってくるのだ。
嫌でも思い出す。――――×の×××。
ああ、心の底からシリアスなんて、本当にらしくないんだから、やめてくれないかなぁ。
もう一つの人格が、脳の中で出来上がっていくのが分かる。
薄笑っている。嘲笑っているようにも見える。
何はともあれ、今日一月二十七日から、ゲームが始まったわけで。
終わるのは二月二十七日までの、三十一日間。
ゲームが終わるまであと―――――――――――――、一か月。
命のタイムリミットが始まった。




