襲撃_Ⅲ
「おや、来たようだねえ」
僕がそう呟くと、ひなつくんが警戒し、他の警備が緊張する。白夜は表情を見せない。
断末魔が聞こえたのは、白いドレスから着替えて、いつもの白装束に着替えた後だった。響いた女の悲鳴は、今まで祭りを楽しんでいた客に異変を知らせる。既に襲撃者に気付いた人は逃げ出していた。また、その逃げ方がこの世界らしいというか。お年寄りは先を走った人間に盾として押し戻される。小さな子供は走っている間に転び、その背を踏み越えられる。命の危険だって分かっているのはいいけど、自分に力があるということをここで忘れてしまうなら、サイナーなんていなくていいと同じじゃないか?
「――おや」
逃げ惑う人の中、呑気に歩いている男が一人。その男の隣には、この前会ったばかりの信者である箕輪の姿。焦って何かを伝えているようだが、男は何かを言って軽くあしらっているようだ。その内、箕輪がまた何か叫んで、一人先に行ってしまった。もう一度断末魔が聞こえても、平然しているその男。
「珍しいじゃないか。ねえ、ひなつくん、見てご覧よ」
「なんですか……」
集中しているところに声をかけると、少々イラついたように返事した彼。
「彼、見てよ。まったく急いでないね」
「……〝反女王派〟の一人ですか?」
「いや、違うね。あの男は茶髪だけど、反女王派の茶髪はもっと背が小さかった。でも、興味深いとか思わないか?」
「思いません」
「そうかい、残念だね」
本当に残念だよ。もしかしたら彼、ゲームの参加者でプレイヤーだから余裕なのかもしれないのに。結構重要な情報を得られるかもしれないのに。だって、プレイヤーが一人呑気に歩いているなんて。一般人のフリしないなんて、まるで気付かれることを望んでいるようではないか!
興味があったなら、そのこと教えてあげようかなあ、って思ったんだけど。それかあの男のところに行こうかと思っていたんだけど。まあいいや、どうせ殺すつもりならリリス・サイナーである僕のところに来るだろうから。
「秋名はまだ見つからないね。ね、白夜?」
「……」
ひなつくんに話しかけると怒られたため、今度は白夜に話しかけた。でも返事は無言という名のスルー。目すら合せようとしない。まあ、いいけどさ。秋名の話は見たところ、嫌なようだし。嫌なことは話さなくていい。別に探っているわけではないのだから。
中央図書館の二階の控室の窓から、逃げ惑う人人を見下ろす。
一つ目の断末魔は、報告でイリアと呼ばれていた彼女だろう。ゴスロリに赤と金の歪な両目。どうやら、女性を目の力で殺したらしい。
二つ目の断末魔は、乃一桐吾だ。持ち前の剣でバッサリと。剣は持つだけでも重いのに、振り回すはとんだ怪力だ。あの体格じゃ筋肉もないくせに。どうせ、性質が【肉体強化】なんだろう。文字通り強化されるから。
――後ろで、警備の動く音がした。
断末魔は響かない。でも鉄の臭いは隠しきれていない。
振り返らずとも、気配と足音で分かる。
「やあ、秋名」
声をかけたことで、彼女はその場で立ち止まる。
「悪戯しに来たようだね」
「すぐに遊戯じゃなくなるわ」
憎悪のこもった声は、黒猫として会いに来た時のような、迷いはなかった。
「それはそれは、楽しみだ」
「…………」
焦っていない僕にイラついたのか、返事をしない。
――それにしても、面倒なことをする。
僕は人の死をどうとも思わないけど。まるで本当の、この世界の住人のようだけど。それでも、人の気持ちが分からないわけではない。
恋人を殺した僕が憎くて憎くて仕方がない。それは分かる。
だから、償えと言われれば喜んで償おう。他人なら興味はないが、あくまでも君は親友なのだから。
それでも、僕を殺しにくる理由。僕の性質のことを、知らないからだ。
「――君は、僕を殺すのが随分楽しそうだ」
「ええ、勿論よ」
「君は、僕を絶望させるために、どんなことをするんだろうね?」
彼女の全てを力で調べた僕は、分かっていてわざと呟いた。
彼女がやろうとしていることは、今までの全てを壊すようなことだから。別にそれが嫌というわけではないけど、彼女が過去を壊す必要はない。復讐を馬鹿だと思う、この世界がいけないんだ。
元の世界なら、復讐はとげられただろう。こんな世界でなければ。こんな、壊れた世界に生きていなければ。僕が、リリス・サイナーでなければ。
「アタシは、アンタに復讐するためなら、なんでもやるわ」
自分さえも騙そうとする、感情を抑えた声。その声に、そうだね、と返した。
「例え、アンタの親友を巻き込んだとしても」
その言葉に、ひなつくんが静かに戦闘態勢に入る。彼は、秋名が僕の元親友であることを知っている。それくらいの情報、二つの槍が知っていなければおかしいということだ。だから、相手が危害を加えない限りは行動しないように思っていたのだろう。でも、今の言葉は、もう、こちらに戻ってこないのだと、断言したと同じだから。良心はなくなった、と考えだのだろう。
でも、それじゃあ面白くない。
戦わせては、リリスの思惑通りになるんではないか?
そんなの御免だ。どうして、僕があんな快楽主義者に付き合わなければならないんだ。
企みなんて、すぐに消してやろう。
――秋名に、問う。
「つまり、君は、凛音を傷付けるとしても、僕を殺すということだね?」
「凛音だけじゃないわ。――夏名は、身内でもあったんだから」
微かに目を見開く。
「僕の家族を、殺すって……?」
「そうよ」
声が震えていたかもしれない。吹き上がってくる激情が、抑えられそうになかった。
僕の家族を、殺す、と。
思い浮かぶのは、母である弓佳の、父である藤次郎の、兄である蜜音の死体。血塗れで倒れている姿。もう動かない冷たい体を、思い浮かべる。
だが首を振る。そして、感情に耐えられなくなり、肩を震わせる。
そして――――――――――――笑った。
あははははははははは。はははははは、ははは、ひ、ひひひひひひひ! いひひひひひ! んひゃひゃひゃひゃ! ひゃひゃひゃ、いひゃ、い、あはははっははははあははッ!! ひひひひひひひひ。ひひひ、ひひひひひひ! 君がそんなことを考えていたとは! 本当に驚いたよ秋名! まさか僕の家族を人質に取ろうと思っているなんて! でも、主犯格はこの祭りにいるようだね! もしかしてあの仮面の神に頼んで下っ端にでも行かせたのかな? あはははははははは。いつも君って楽しいよねえ! どうしてそこまで愚かなんだ!
笑い出し振り返った僕に、秋名は一歩後退した。顔はうっすら青くなっている。ここまで――家族を見捨てるまで狂っているとは思わなかったのか、それとも笑い声にただ圧倒されただけなのか。どちらにせよ、まだ秋名は狂いきっていないようだ。狂っていたのなら、この狂気には耐えられただろう。
秋名から見れば、今の僕は家族を見捨てて、しかもそれを嗤っている狂人だ。でも、そうじゃない。僕は家族ほど愛しているものはない。
鼻で、笑ってやった。
そういえば、秋名は生まれた時から愛神市にいないのだ。
だから、知らない。
「君らに、殺せるかなあ――」
声は、自分で分かるほど弾んでいた。
問うた質問の答えは、〝有り得ない〟、だ。




