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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第四章 偽物と異端者、神と親友の娯楽
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あと一日_Ⅱ


 泣いていた。ずっと。


 とうとう、二つの槍認証式まであと一日。今日は、認証式の前日だ。

 握った拳を、更に強く握った。爪の食い込んだ掌が痛い。


 どうしてかは知らないが、拠点を見つけられ、そして襲撃されたあの日。今まで使っていた倉庫は壊され、もう使い物にはならなかったため、移動した。移動したのは、前の倉庫と同じ花舞市の端っこの空き家を使っている。今度は空間を拒絶しなくても、それなりに広く快適なところだ。イリアの洗脳の力を使って、ここは誰かが使っていて、実は空き家ではなかった、ということにしている。だから、空き家であるこの家から音が聞こえても、誰も疑問に思わない。


 ニールから貰った数本のナイフを並べる。一本の欠損もない。それはニールが影から作ったナイフで、もし投げた相手に刺さらなくても、対象の足に影が纏わりつくようになっている便利物だ。ちなみに、名前はディエニーゴ・コンテンデレと言うらしいが、今更呼び名を変えるのも面倒なので、そのままニールと呼んでいる。

 今ニールは、認証式会場の見張り役だ。違う反女王派や、愉快犯の罠が付けられると迷惑だから。もっとも、後者の可能性は低いが。



「――何かお悩みですか?」



 背後で凛とした声。その声に、一度元親友の顔が思いついたが、すぐに取り払った。

 イリアは今まで(ニールに用意させた)風呂に入っていたのだろう、目のレースをまだ付けていなく、頭をタオルで拭きながら、アタシの隣に座った。髪から落ちた滴が、床に落ちた。


 今のイリアは、最初に会ったころと比べ、雰囲気が柔らかくなった。というより、だんだん警戒を解いていっている気がする。一週間をすぎた頃から、口調も普通のものとなってきた。敬語は流石にやめなかったが、強いるものでもないだろう。



「ねえ、イリア」

「何でしょう?」

「貴女、復讐したいって言っていたわよね? あたしに初めて会った時」



 イリアの肩が、びくっと反応した。あまり、聞かれたくないことなのだろうか。それも当たり前か。復讐をするほど、酷いことをさらたんだ。――まるで、アタシみたいに。



「――聞いていい?」

「…………」

「ああ、嫌ならいいわ。無理強いはしない」

「……いえ、いいでしょう。話します」



 イリアはそういうが、顔はあからさまに嫌がっている。もしかしたら躊躇っているだけかもしれないが、顔色も悪くなってきているし、そういう顔で話すらするのが躊躇われる。よっぽど、つらい過去なのだろう。

 彼女が口を開く前に、とめた。やっぱり、聞いていいことじゃない。



「いいわ」

「……別に、大丈夫ですよ」

「それを言っている時点でおかしいわ」

「…………」



 お互い黙った。沈黙が場所を占める。

 復讐したい同志。でも、彼女は政府にであって、愛佳に復讐したいわけじゃない。

 久しぶりに、真面な会話をした気がする。あの頃なら、日常茶飯事だったのに。

 もうずっと、夏名のことを考えてない。考えるのは、夏名を殺した愛佳への復讐だけ。

 こんな毎日に嫌気がないあたしは、きっと臆病者だ。


 愛佳を復讐するのも、それで夏名を諦められると思ったからだ。

 夏名を忘れて、彼女を殺すことだけ考えて。結果は、夢のまた夢。

 ――いっそ、夢なら泣けた。

 裏切られたと思って衝動的に反女王派へ。戻ることは、もう、ない。

 愛佳なら、助けてくれるだろうか。余裕綽々の彼女は、あたしなんて敵にしていない。


 ――愛佳なら、女王なら、女王が許したなら、戻れるかもしれない。あの頃に。

 愛佳とふざけあって、悠馬をからかって、止めようとする凛音にちょっかいかけていた。

 その中に、夏名はいない。

 笑った顔。怒っている顔。呆れている顔。泣いている顔。

 全部、見てきた。ずっと、見てきた。なのに、今はもう朧げで、ハッキリと見えない。


 責めてやりたかった。親友ではなく、好きだった人を。

 だって、反女王派に入っている様子なんて、全然しなかったもの。

 この世界に魅せられたことも、この世界を愛していることも。

 彼の全てを知っていたと思っていたから、信じられた。それは、彼女のことも言える。

 でも結局は無知で我儘を言っている子供にすぎない。


 裏切った彼女は、あたしにリリス・サイナーだということを、言わなかった。

 共にいた夏名は、あたしに反女王派のトップだということを、言わなかった。


 憎悪が彼女に向いたから、泣けなかった。

 悲しみが流れて行ってしまったのは、彼女の所為。

 そうやってずっと、ずるずるとずるずると。

 本気で叶えたいと思う目的もなく。本気で向かいたい道もなく。


 時々、本気で思った。――何がしたいのか、って。

 愛佳を殺したい。愛佳を泣かせたい。愛佳に、夏名に、謝ってほしい。

 アンタが殺した。アンタが苦しめた。アンタが、――憎いの。


 こんなことをするぐらいなら墓に行きたかった。でも、墓がどこにあるか分からない。

 そもそも、罪人に墓など用意されるのか。他の罪人の骨を一緒に入れられているかも。


 もう、喋らない。

 もう、笑わない。

 もう、泣かない。

 もう、死なない。


 だって、生きてないものね。

 だって、顔がないのにね。


 夢に溺れて楽に生きたかった。その方が、絶対に幸せだ。

 本性を知った後でも彼女を崇められるような信者がよかった。

 例えそれが、洗脳だとしても。狂っていても、壊れていても。


 いきなり何も言わなくなったあたしに、イリアは何も言わなかった。

 ただ空き家にはカーテンがついていなくて、窓の向こうから大きな月があたしたちを照らす。

 あたしは泣いていた。月の光に、涙が光る。

 もしかしたら、イリアも泣いていたのかもしれない。

 復讐したと思った昔のことを、思い出していたのかもしれない。




 人を殺すと決めた前夜、二人の復讐者はただ静寂に縋っていた。




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