あと一日_Ⅰ
ああ、確かにそうだ。
凛音がステージに出ることになったあの日から、六日が経った。今日は金曜日で、二つの槍認証式は休日に開かれることになっている。昨日までずっとセットで学校に通うことができず、主役の二つの槍の片割れがやっと登校したことに、教室は騒がしいものだった。祝福されているのはいい。だが、時々調子に乗るなと片目の赤を蔑むものがいるのは、あまりよくない。痛い目に合うのは、結局そいつ自身だが。
昼休みになると、遊びに行くものが多くなって、集まる人が少なくなった頃だった。国の宝だとしても、所詮目線には羨ましさか嫉妬だけで、崇拝ではない。リリス・サイナーの守護役という大役だが、実際に崇拝しているリリス・サイナーでなければ、そこまで興味がないということだ。これだと、愛佳も大変だろう。
だが集まってくる人がまったくいないというわけでもないため、人気が少ないと愛佳に教えてもらった、自由に出入りできるらしい音楽室で休むことにした。一人だと楽になれるだろうと。
が、そこには先客がいた。結構に予想外な。
光る金色の目。だが、偉大なリリス・サイナーではない。本来なら、自身の像がある愛神市の北に建てられた、癒北子学校にいるはずの神様。
「コンライト」
「いやあ、どうも、白亜くん」
そいつはいつものように、無意味に笑う。他に爽やかだと言われる笑みでも、自分にしては胡散臭いとしか言いようがない。
コンライト・アモーレ――癒しの神様として五大神が一人。温和な性格をしていると言われているが、あの死神と気が合い、そして女王にも気に入られているという点、あまりそれは信用ならない。
「酷いねえ。僕はいつでも人間に敬意を持っている。信用してくれないかなあ」
「それが胡散くせえんだよ。神のくせに人間に敬意を持ってるとか。あの最高神見てたら疑わずにいられるか」
「アハハ、まあリリスは存在自体が嘘っぽいけどさあ」
コンライトはゆっくりと俺に近付いてきた。細められた目は、少しも笑っていない。
「ちょっとお話しようか、白夜くん」
「いいけどお前、君付けとか気持ち悪いからやめろよな」
「あはは、酷い酷い。まあそうじゃなかったら君じゃないけどさあ」
酷いのはお前だけだし、それは失礼だろ。
そう言おうとして、やめた。この神は、何を言っても笑顔でスルーするだけだ。
音楽室のにあったイスを引き寄せ座ると、コンライトも同様に行動し、それで、とまた話をしだした。
「――もしかして、ばれちゃった?」
誰に何を、なんて言わなくても分かっている。わざわざ、彼らにとって女王の敷地であるこの場所に来るのは、大事な大事なあの用事のみだ。隠すほどでもなく、それは自分の正体を黙っておけというものだが、リリス・サイナー相手じゃどれだけ難しいことか、こいつは分かっているのか?
「……分からねえわ。この前情報聞き出されたっぽいけど、どれだけ調べたかは」
「ああ、女王の「<泥棒猫>」だね。どうやってか分からない? まだ、眠ってたいん
だけどなあ、この体に」
コンライトはそういうと、今の体を指さす。眉を下げて笑っている姿は、まるで本当に困っているかのようだが、こいつはそんなやつじゃない。もし、本当に困っているなら、人間である俺に頼ってきたりしない。行動を見て、裏切らないかどうかを見極めているんだ。
「――ああ、君に頼まれたものも持ってきたよ。ちゃーんと、纏めてあげたからさ」
五大神のみが持つ、リリスから与えられたノイズから、コンライトは何枚か重なった紙をこちらへ投げた。十枚ほど重なっている紙が、二つに分けられている。その紙には写真と文字の羅刹。黙っておく変わりに、コンライトに要求したものだ。
――乃一桐吾。
――東城大地。
この二人は、愛佳の邪魔になる。早めに殺しておいて、その後は今度こそ、あの〝反女王派〟のトップを殺す。次は――どうしようか。誰を殺そう。取り敢えず、この三人を殺して。殺して。殺して。殺して殺して殺して。殺して殺して。
殺して、どうしようか。そもそも、殺すなら愛佳でもできるんじゃねえ? まあほら、神様だし。でも、それしか恩返しできねえなあ……。
「あれ、白夜くんのそれは恩返しのためだったのか?」
「だから読むなっつーの!」
「あははははははは! ――無理!」
ついに本音出したか、腹黒が。
舌打ちした後に、敵の資料を纏めた紙に目を向ける。二人の資料は、家族構成や歳などが書かれているようなものではなく、サイナーの特徴、過去、そしてリリス・サイナーに対してどう思っているのかを纏めたものだ。
「二人の内の一人は、ディーの加護者だったんだよ。凄いね、これ、偶然かな。まあ、ディーも女王のことはあたり好きじゃないし、ディーは加護者を自分で選ぶって言っていたから、そうなんだろうけど。それにしても、ディーの相棒は強者殺しが好きなようで」
「強者でイコールして、愛佳か。てか、殺しが好き程度じゃねえぞ、何だよこの数。しかもラインだったんだろ? 化け物かっての」
書類に書いてある殺した人数は、五百を超える。一人でこんなに殺すのは、異常だ。殺戮中毒者でさえ敵わないだろう。勝てるのは――神であるリリス・サイナーくらいだろうか。あの神は、娯楽のために人間を殺す。塵芥のように扱われる人間は、こんなにも崇めているというのに。
引き続き書類を見て行く。
乃一桐吾のサイナーは、加護をしているセプリアドゥー・ドゥーウェンの死の力、死想。死と言っても、相手を殺すだけの力じゃない。対象の、〝死期〟を縮めたり、吸い取った寿命を自分に使ったり。または死の芳香で、直接手を下さなくても殺すことができる。効かない例外は二つ。未だ発見されていない、「<無効化>」。もう一つは死とアンチノミーの癒しの力である「<目癒>」。
東城大地サイナーは、媒体加護の幻覚の力、「<欺瞞>」。幻覚は人の姿に上書きするように使うこともできるし、自由に形を作って見せることもできる。一番多いのは監視カメラの幻覚を見せ、犯罪防止に使われることも。効かない例外は同じく二つ。発見されてない「<無効化>」と、姿を与えたり対象の行動を監視するための力である、幻覚とアンチノミーの「<展開>」。
「白夜くんの<無秩序>と似ているね、<無効化>」
「……そうだな」
語尾に音符でもつきそうな弾んだ声に、溜息を吐いた。これは、何かを企んでいる顔だ。どうでもいいが、また俺を巻き込まないでくれよ?
コンライトの容姿を書いていないのは、わざとです




