女神像の前で×××××、_Ⅲ
二十分くらい経つと、ようやく秋名と夏名のイチャイチャが終わり、やっと四人の会話が始まった。体温が上がり始め、はぁと息を吐く。手を摩ると越智くんが寒いかと聞いていて、微妙と答えた。彼はどこまでいい人なのだろう。惚れないけどね。
夏名への越智くんの憎まれ口から始まり、夏名のリリス像知識発表になり、それに越智くんが対抗する。それが大体の会話の流れ。ある放課後の一時だった。
また二十分くらいすると、越智くんは塾があるとのことで帰ると言い、秋名が寒いことを理由に帰ると言う。そうすると、彼氏である夏名も当然帰ることになる。樋代は帰らないのか、と越智くんに言われたが、なんとなくまだ帰りたくなく、そう言うと越智くんが寂しそうな顔をしたけど、すぐに笑顔でじゃあな、と言って帰って行った。
付き合っていることを、言わなくても察したであろう越智くんは、二人を先に行かせ最後に、明日にはマフラー返せよ、だの、気を付けて帰れよ、だの言って帰って行った。良い人すぎるんじゃないのかな、越智くんよ。
誰もいなくなる、存在感のあるリリス像の前のベンチに座る。さっきまで四人で座っていたのにもう冷えていた。無意味に足をジタバタさせ、落書きをじっと見る。
最初に見た時、小さな違和感を覚えたからだ。本当に小さく、指にピリッと電流が走った程度。静電気じゃないけど、そんな感じ。それが理由で残ったのに、もう違和感はない。どういう事だ。時間などが関係あるのか。
ジタバタしていた足をとめ、リリス像に近づくと、裏に回り込んだ。何も書いていない。落書きがされていたのは前だけだったらしい。
――おかしい。
落書きされていたのが前だけ? 何故? 隅から隅まで落書きだらけだったのに? どうして、裏だけ丸ごと、まるで裏面だけ〝なかったこと〟にされているみたいになっている?
頭を振った。考えても分からないことだ。無駄なことは早々にやめるがよし、だ。
ベンチに置いてあった白い鞄を取り、帰ろうとした時。
その時、真後ろに人の気配がした気がした。
後ろにあるリリス像と桜に振り替える。誰もいない。気がしただけだったようだ。うん、大丈夫。誰もいない。
半ば自分に言い聞かせるように、同じ言葉続ける。
違和感が取れない。何かある、と勘が言っていた。
不快感が取れない。気付いちゃダメだ、と誰かが言っている。
早足、と言うか、走ってリリス像の裏に回る。頭の中の警告と、冷えた体温にゾッとする体。気のせいじゃない。確かに私は恐怖した。
あった。
文字が。
思わず後退した一歩。
思わず近寄った大股二歩。
――――死体は見たかい?
口が歪む。
全て力を抜くように、膝を付くと、文字に目を向ける。
いまだ浮かび続ける文字に、自分でも分かるほどに、くぎづけになっていた。
――――死体は見たかい?
――――記憶は戻ったかい?
呆れそうなほどの綺麗な字――。
学校で〝お手本〟として出された、パソコンの文字。そんな感じ、と言うか、まるまるそうだった。
人の手では書けない正確な文字。
それがまた、恐怖を増すわけなのだけど。
悲鳴は聞こえない。だって、此処には私しかいない。私は叫んでいない。
嗚咽は聞こえない。だって、此処には私しかいない。私は泣いてない。
今までにないくらいの狂喜の目を抱えて、愛佳が一番に取った行動は、銅像に近づくこと。
あと一歩。そう離れていなかった距離を大股で縮めると、文字に触った。
その瞬間。膨大な〝何か〟が頭に入っていく感覚。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁああぁあアア、あああ!! ああ、ぁ、」
悲鳴にならない声。ただ、叫んでいる自分の声が聞こえた。
表現できない苦しみ。ただ、恐怖に、本能のまま叫んでいる。
苦しいハズなのに、自分の中に冷静な自分がいる。
肩を触られた感覚に振り向くと、そこにはボロボロの姿の自分が立っていた。
いや、違う。確かに、私だ。でも、私は私であって……。
――振り返った先にあったのは鏡ではなく、ボロボロの状態で立っている、自分そっくりの〝無〟の目の少女。
それが、最後の記憶だった。
女神の像の後ろで、満開のサクラに囲まれながら、愛佳は意識を失った。
銅像の裏には四つの〝落書き〟がされてあった。
――――死体は見たかい?
――――記憶は戻ったかい?
――――ああ、ようやく思い出したかい。
―――――――――――――――――――――じゃあ、ゲームを始めようか。




