あと七日_Ⅲ
黒猫は不幸を呼ぶらしい。でも、黒猫は親友だった。
家の中に入ると、既に仕事から帰ってきていた弓佳が、キッチンで仁王立ちしていた。温和な母にしては珍しいことに、その目はあるものを見て睨んでいた。バックには黒いオーラもどきが炎のようにゆらゆらしている。何をやる気か、服は腕まくりされていた。悪意は感じないから大丈夫だけど、なんか個人的に気になる。
「今日こそ倒してやるわ――」
そうして、今ジュージューと焼かれているフライパンの中のハンバーグに宣言した。
「この、皮の塊め!」
目線の先には、細かく刻まれハンバーグの中に包まれた、玉ねぎだった。
さっきまで何事かと思ってドキドキしていたのが、一気に萎えた。馬鹿らしくなり二階にある自分の部屋に移動する。白に埋め尽くされた部屋は、忌々しく思うも落ち着ける。
部屋を白一色にしたり、普段着を全て白装束に変えたりしたのは、戒め代わりだ。
白は光や神聖と意味するが、誰よりも悪役らしいあの神を表すものだ。その矛盾がいっそ心地よくて。前は凛音に尊敬して真似をしてみたと嘘っぽく言ってみたが、強ち嘘ではない。あんなやつに尊敬など血反吐が出るが、立場は勿論あの性格は羨ましいものだ。言っておくが、あの快楽主義に羨んでいるわけではない。あの、我慢強さに、だ。
あの神は僕と同じで【支配し、改変する】力を持っているのだ。その前にこの世界の神だ。物語でありがちな信仰心がないと力が使えないとはそういうのはない。この世界を支配し、そしてそれを変えることができる。やりたいほうだいできるのだ。
それなのに、あの神は、この世界を変えることを人間である僕に頼んだ。
自分でやりたいのにやらないのは、できないからだ。
なんでも叶う力を持つ神ができないこと。否、正確にはしたくないことだから。本当は世界を変えたいなど思っていなくて、ただ僕を躍らせているか。何故という疑問が出るが、あの神の行動に理由も糞もあるのだろうか。あったとしら、もしかしたら凛音の願いを続行するためかもしれない。妙な執着を持っていたから。
だが、それならどうして世界を変えろ、なんて提案してきたのか。憶測は大体絞られる。一つは誰かにとめられているか。二つは自分でやるより僕がやった方が、結果いいことになるから。最後は、自分でやりたくないから。これが一番もっともらしいといえばそうなのだが、しかし面倒だという理由でも、手を一回振ればいい話だ。あの神が目的のために、手を振るだけを面倒だとやめるのはどうも想像がつかない。
「愛佳ー」
ティッシュ箱はどこだ。ノックしろと言っているのに。
「こいつ、どうする?」
何がと問う前に目の前に出されたのは、血塗れの黒猫だった。右足を怪我している。金目が光る。ぐったりとなって目を瞑った猫は、僕に甘えるように肉球を手に押し付けてくる。蜜音は治してやれよ、と言ってじっと見てくる。自分で治せばいいじゃないか、ああそうか、可愛い妹に会いたかったんだね、ハイハイ。
「僕が預かるから、君は外に出て」
僕がそういうと、蜜音は素直に出て行った。そうすると黒猫は僕のところから離れ、ベッドの上に飛び乗り、警戒するようにこちらを見る。金目がまた、光った。警戒するように、というよりも、警戒している、と言った方がいいかもしれない。だって、そうなのは確実だから。
「――それで、何をしに来たんだい?」
黒猫が反応する。
「悪戯でもしに来たの、秋名」
言うと、黒猫は自分の影に飲まれていく。黒猫の姿が全て見えなくなると、黒猫を飲んだ影から、今度は人影が現れた。青い髪に赤い目。忌み子と蔑まれるそれが、金目だった時のように光る。影から生まれたのは、元親友である忍足秋名本人だった。
ふう。溜息を吐いた。
「ねえ、秋名。こんな軽々しく、〝反女王派〟が来ていいの?」
「駄目よ、普通ならね。――でも、どうしても聞きたいことがあったのよ」
「そう……。でも、僕がそれに答える義理はあるのかなあ?」
ニタリと笑った。
「ないわね。それでも、アンタは答えるでしょ?」
「――質問によるねえ」
秋名の眉間に皺が寄る。まあ、気付かれても当然か。いつもこんなこと言わずに答えていたからね。
「それは……、聞かれて答えられないことができたっていうことね?」
「そーゆーこと」
赤目が光る。前は黒目だったのに赤目に変わったのは、反女王派についた所為だ。最高神への反逆者として、〝反女王派〟の神々たちには、全員赤目を持つことになる。その加護者も同様。夏名が赤目ではなかったのは、元々赤に近い目をしていたから、力で薄くしていたのだろう。リリス・サイナー本人がやったことだから、全ては拒絶できないのだ。
「アンタは、どうして夏名を殺したの?」
「裏切り者だったから」
「アタシも裏切り者よ。どうして、警察に情報を渡さないの?」
「渡したほうがよかったのかい?」
「別に。――あと、」
「待った」
制止させると、睨まれる。答えてあげているだけ、いいと思わないかい? まあ、僕も対価はもらうけどね。アハハッ、言える立場じゃないね。
「君ばかり質問するのも、ずるいんじゃない?」
「アタシは答えられないわよ」
「それなら、僕も答えないさ。――今までのは回数にいれないで、交替で質問しよう」
「…………分かったわ。止めたからにはそっちからがいいってことでしょ、早くして」
「了解。――君は、〝反女王派〟から元の生活に戻りたいとは思わないかい?」
彼女の目に、一瞬の動揺が生まれる。そんなに表情を出していたら、僕以外に殺されてしまうよ。もっと、無表情を徹底しておかないと。それにしても、その反応じゃ、やはり覚悟は決めきれていない様子。当たり前だ。いくら恋人を殺されたからと言って、その恋人に罪がないわけじゃないし、それに殺しが普通のこの世界でも、元々は普通の中学生だったんだ。元親友をそんなに簡単に殺せるわけがない。ほとんど衝動で敵対しているんだろう。
口を開こうとする秋名を制す。
「いいよ、答えなくて」
もう、分かったからさ。
そう思っているのが分かったのが、顔を真っ赤にする彼女。それは羞恥か怒りか。
――――もう、やめればいいのに、だなんて。
彼女の幸せを奪った僕が、言えるはずないのに。




