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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第四章 偽物と異端者、神と親友の娯楽
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対腐敗世界、絶対正義の現状_Ⅰ


 あの日追いかけた背中はもう、別のものに変わっていた。


 まだよく覚醒していないのか、目を開けても行動しようという気にはならなかった。朝の空気は肌寒く、余計に毛布を引っ張る。裸足が宙をウロウロし、結局は足を曲げて中に入れた。


 白夜が言うままに悠馬たちを連れ、〝反女王派〟を追いかけた日の翌日。帰りは散散なものだった。あからさまに眷属ではない力を見せておいて、帰りに悠馬が突っかかると無言で視線すら合わさないし、その態度に激怒した蜜音さんが妹――つまり愛佳に何か危害を加えるようものならば、と言うと白夜は最後こう言って一人で帰った。



『さあ、ないんじゃね? 知らねえよ、俺に聞かれても』



 その言葉は自分より上がいることを教え、さらに嫌疑を加える内容だった。彼ほどの人間より上がいるとすれば、国は崇拝対象となっているから除外すると、派閥である〝反女王派〟の可能性が高いのだ。


 聞いた時、まだ割り切れてない自分も頭に血が上り、敵を見る目で白夜をじっと見ていたが、この場合、蜜音さんの友人である真桐さんも怒っているのだ。

 ――此処で自分が我を忘れれば、蜜音さんを止める人がいなくなる。


 会ったのはゲームの時だが、こちらで初めて会ったあの日から、愛佳によく話を聞いている。サイナーは女王に近いと言われる強大なものだが、幼少期からどうも自分のこととなると見境が無くなると。一度暴走した日があり、樋代家でなければ罪人にされるほどの被害を出したことがあると聞いた。


 わたしは、まだ彼女とどう接するか判断できていない。ずっと迷っているのに、前世での愛佳の無邪気な笑顔が頭から離れなかった。もうそんな性格でないことも、それでは生きていけないと知っていても、愛佳を悪に染めた世界が憎く、何より世界の所為にしてあの子は悪くないのだと、――言い訳をしたい、自分がいる。


 この世界で殺人は、人生で一度やっていない方がおかしいと思われるほど、盛んだ。まだ世界がチキュウだった頃に、動物を殺していると同じように、殺人も行われる。言ってしまえば、日常茶飯事なのだ。

 そんな中で、愛佳が殺した夏名は、山のように重なる死体の一つに過ぎない。一部例外の秋名以外、誰も何も思わないのだろう。


 だが、犯罪は犯罪だ。彼女がやったのは殺人、彼女は世に言う人殺し。人一人の人生を奪った、重罪人なのだ。

 この世界では裁けないし、彼女を非難することによって理性を疑われるのは、こちらの方だ。〝反女王派〟がいい例だ。精神異常者だと、世界の片隅で叫びたい気持ちを堪え、窮屈に生きている。――精神が異常なのは、この世界だ。


 神を崇めよ。――いいことじゃないか。

 力を行使せよ。――いいじゃないか。

 ただ、それを押し付けたり酷使したり、殺人に使う始末など、以ての外。


 この世界は、あまりにも居心地が悪い。夏名の死体を見た時吐きそうになって、そして誰も、――死体の事を意識していない。

 イル・モンド・ディ・ニエンテ。虚無の世界。まさにこのことだ。人はいるようで、いない。いるのは使い捨ての人形のみだ。存在意義のある人間など、この世界にいるのだろうか。


 リリス・サイナーは世界を変えるように言ったらしいが、あの神に感謝はしているがどうも信頼は出来ないし、そもそも変えたいのなら、リリスも愛佳も力を使ってすぐに変えられる。彼女たちの力は、何でもできる力なのだから。絶対不動の女王は、人にものを頼まなくても、世界を傾かせられる快楽主義者なのだから。


 覚醒して来ると急にお腹が空き、起き上がる。春が終わり夏に入るこの時期は、もう桜が散り始めている。落ちる花びらを見るたびに、まるで彼女のようだと姿を重ねた。彼女の良心は、今ボロボロだろうに。世界を変えることを了承したのも、まだ彼女が希望にすがっている証拠だ。


 幸せにしてやりたい。誰よりも、美しい彼女を。

 ――――そのためには、この世界の秩序は邪魔だ。


 相変わらず殺風景な部屋で、一つだけある写真。わたしと愛佳が転入してきた時の、まだ夏名も生きていて、秋名も親友だった頃。愛佳が真ん中で微笑して、右隣に自分、左隣に秋名が笑って、上では悠馬と夏名が言い合っている。微笑ましい一つの光景。二度と、あるかも分からない、幸せな風景。


 様子を見よう。彼女はまだ本格的に動き出していないし、エレジィゲームでの仲間もまだ少ない。崇拝は相変わらずで、それより悪くなることはないのだから。今でも完全に盲信状態なこの愛神市では、取り敢えず愛佳を襲おうとする輩はいないだろう。〝反女王派〟も、昨日ので暫くは引っ込んでいるはずだ。


 制服を着替えてから下の階に行き、誰もいないことを確認する。昨日の夜、両親が近々帰ることになると電話してきたのだ。両親には親友探しのゲームの前から会っていない。どんな顔をして会えばいいのかも分からず。かと言って、喜ばないのも不自然。


 ――いや、気にする必要もないか。きっと、リリス・サイナーである愛佳と仲良くなって、思わぬ幸福に歓喜するのだろう。

 実際は、そんなにいいものではないが。


 食欲はないがビニール袋に入れているパンを齧り、家を出た。道路には、いつも通りの光景がある。ランドセルを背負って走っている小学生。自転車に乗って通りすぎる中年男性。友達と話しこちらを過ぎる、同じ制服を着た女子生徒。昨日のことが、まるで嘘のように感じる、幸せの場面。


 だけど、奥にあるのは――純粋な狂気だけ。

 今目に見えている人達は全員人殺しかもしれないし、笑っている人は今朝家族の死骸を見たかもしれないし、話している話題はその処理の面倒くささかもしれない。

実は全てが偽りで、何もかもが狂っていて。そうだ、――この世界では、まともなのが狂っている、いわば二律背反。知らぬ間にできているアンチノミー。


 生死は紙一重。最早次元の壁すらない。

馬鹿でも力が強ければ生き残れるし、賢くてもラインなら生きられない。

 生きた矛盾。壊れていても狂気を繰り返す輪廻。

 普通の学校より二倍ある校舎。超能力を見せびらかす笑顔。踏みしめる愉悦の表情。黒髪を見て侮蔑し見分ける目。――気持ち、悪い。



「凛音……」

 下駄箱で靴を脱いでいるとき、少し気遣うような悠馬の声が聞こえてきた。

「ああ、悠馬、おはよう」

「、はよ」

 昨日怒りまくっていたのに気まずさがあるのだろう。顔を逸らし、呟くように言った。何か言いたげだったが、彼がそれから何かを言うことはなかった。



 階段を上がり、教室の前に辿り着いた時。違うクラスのため、背を向け言ってしまう悠馬を見ていた時。下駄箱の最期の方、愛佳の靴箱に靴がなかったのを見た時。少しだけ、震えた。全てが無くなっていきそうで、怖かったのだ。

 膝を叩き、教室に入る。挨拶してくる声に、笑顔で返事した。


 大丈夫。もう、大丈夫だ。自分の秩序を保つ、絶対だ。世界ごときに、自分の正義を壊す必要は、ない。自分の正義は、愛佳の笑顔のみ。純粋な彼女を、取り戻すだけだ。何があっても、それは変わらない。



 心の中で決意し、群がってくる女子と軽い会話を交わした。

 今日も、偉大なリリス像のある愛神中学校は、狂気に気付かないまま始まる。



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