Prologue_Ⅰ
自分の周りには、いつも透明な壁があるものだと思っていた。
心の中に入ってこようと思うものには、空間の中で写真のように切り離され、顔の部分は黒いマーカーで塗りつぶされる。きっと、裏側には赤黒い水玉ができているのだ。
その時、心は一切の変化を見せない。
物語で妄想する奴らには意味不明な言葉を浴びせられるのだ。しかも、押し付けていると知らずに、あちらから一方的に。指摘すると怒るか、一人だけ納得して勝手に見下して終わり。暇つぶしならやめてほしい。
その時も、心は変化に興味さえ持たないのだ。
自分は分かっていると言いながら、放たれた言葉は矛盾していたり。
貴方は可哀想だと言い、自分は周りとは違うと逆らったり。
――気付けば、自分に酔っているだけの人間が集まっていた。
お偉いさんを相手し続けていると、歳を重ね自然に分かった。取り敢えず、相手が望むように、ただ感謝しているさまを見せればいいのだ。皆とは違う、と言っておけばいいのだ。そうすれば相手は満足して、自分に懐いたと勘違いしてくれる。
そうして、笑って。――笑って、あれ、笑って、どうした?
いつの間にかどうして笑っているのか分からなくなって、どこまでが本当の自分で、どこまでが偽物か分からなくなっていた。
誰かに助けてほしいと思うわけでもなく、誰かに縋りたいと思うわけでもない。
ただ、そうしていれば、自分の信頼している人の全てを知らないと気が済まなくなった。もしかしたら、自分のいないところで呆れているのではないかと。興味がない人にはどうでもいいのだが、異常なほどに不安になって、そうなるとまた迷惑をかける。
証が欲しいのだ。誰かに必要とされている証。存在理由は、既にあるのだから。
人が多くいるところでは壁は強くなり、家に帰ると弱くなる。そんな生活を繰り返しているうちに、気付く。家に帰った時、部屋に入った時。無意識に、溜息をこぼしていることに。楽しいはずの時間がどんどん重みになり、感情が分からなくなる。
感情を疑うようになって、またそれに疲れて行ってしまう繰り返し。
笑えば、それは心の底から笑っているのか疑う。
苦しめば、それは演技なのか無意識に傷付いているのか疑う。
でも、そうしないと生きていけないと思った。
人が死んでも苦しんでも泣いても怒っても、無関心な世界。自分の中にある理屈は、周りからしたらただの甘ったれ。だから、自分を押し殺していかなければ死んでしまうのだと、知っていた。嫌に大人びた子供を、愚かだと嘲る人もいれば、可哀想と憐れむ人もいれば、悔しいと妬む人もいた。そこに、無邪気な感情はなかった。
今までずっとそうだったから、変わろうなんて思ってなかったのに。
気持ちを初めて否定された時、辛くなったのはどうしてだろう。




