お願いですから、私に酷い事をしないでください。
そこは、カーランド王国の南に位置する神殿の中。森の中にそびえたつ神殿は光の神、ラルファの加護を受けていることで知られる、国ともつながりの深い神殿だ。
今、その神殿の中では、カーランド王国に代々伝わる召喚の儀を行おうとしていた。
宗教が広く浸透しているこの国では、可能な場合のみ王の伴侶を召喚により異世界から呼びだすことになっている。異世界から召喚された伴侶は国に繁栄をもたらすと言われており、見た目が美しい者が多いと伝えられている。ちなみに可能な場合のみというのは、召喚できる力を持つ巫女や魔術師が居る時のみという事である。
神殿内に偉そうに立っている、高級な服を見にまとっている金髪の彼――現王であるまだ若い男は側妃の子であるにも関わらず王権を勝ち取った強者である。
名を、エルドという。彼は無類の女好きであり、異世界から伴侶を呼ぶというのは不快であったが、それでも美しい者であるなら妻になることを許してやろうなどとそんな事を考えていた。
「それでは、召喚の儀を始めます」
そう口にしたのは栗色の髪を腰まで伸ばした、まだ若い少女だった。彼女はこの神殿で、《先読みの巫女》と呼ばれる存在である。真っ白な巫女装束を身にまとった少女は、清廉な動きでそこに存在していた。召喚の儀には彼女と、魔術師たちの力が必要なのだ。
神殿の白い床には、代々召喚の儀で用いられる魔法陣が描かれている。魔法陣を囲むようにして、巫女と魔術師たちは立っていた。
そして、一斉に彼らが魔力を込めると同時に召喚の儀が展開された。
魔法陣を中心として、煙がもくもくと舞う。成功したか、と心配そうに視線を陣の中心へと向ける面々。
「…ここは、どこ?」
煙が散っていくと同時に、召喚されたモノがあらわになる。響き渡るのは、可愛らしくも幼い声。
そこにいたのは一人の少女だった。その髪は夜を現す黒。漆黒の髪を長く伸ばした少女は、きょろきょろと不思議そうにあたりを見まわしている。その目は、金色に輝いていた。顔立ちは可愛いとも言えなくもないが、美少女と称するほどではない。
服装はゆったりとした膝まで伸びるワンピースだ。真っ白なワンピースを身にまとった少女を見て周りは一瞬唖然としてざわめきだした。
「幼い子供ですって…? それに災いをもたらす黒だなんて――…!!」
巫女の言葉をさきがけとして、周りも一斉に侮蔑に満ちた目を少女に向ける。
そう、カーランド王国の存在するこの世界では黒は災いをもたらすと言われていた。災いを引き寄せるとして、その色は忌避されている。だからこそ、黒髪を持つ少女への目は鋭い。
「なんだと…。こんな幼く、災いの子を我が妃にしろというのか!!」
「失敗だろう…。こんな災いの子など――」
騒ぐ周りに、少女は自分が歓迎されていない事を悟ったらしく、困ったような表情を浮かべていた。
(…それにしても、此処は何処なんだろう?)
少女はそんな思いに駆られながらも、自分のすぐ真下に存在する魔法陣を見据え、”召喚”というものだろうと頭を働かせる。
周りの言葉や態度から自分が歓迎されてない事は何となく察した。そうして、少女は周りの目に思わず震える声で、問いかける。
「あ、あの……」
「黙りなさい、あなたは失敗なのです!!」
巫女は口を開いた少女をキッと睨みつけて、言葉を制す。
(召喚を成功して、私は巫女として後世に伝えられるはずでしたのに! 失敗だなんて――…)
巫女はその瞳を鋭く細めて、忌々しそうに少女を見た。彼女はプライドが高かった。何分、今まで挫折を味わったことがなく、優秀者として生きて来たからこそ、失敗してしまった事実が許せなかったのだ。
「……っ」
巫女に睨まれてしまった少女は、体をびくっと震わせる。
巫女の向ける目にも、周りの少女を見る目にも明らかな悪意があった。それを感じて、少女は脅えたように彼らを見る。
(…か、帰りたい。というか、帰らないと、皆が――…)
少女は脅えながらも、脳内に親しい者たちの姿を思い浮かべて速く帰りたいとただ、思う。
「あ、あの…、お、お願いですから、わ、私に酷い事しないでください!!」
震えながらもその愛らしい唇から必死に言葉を発する、少女。それは少女の心からの願いである。この場を穏便に済ますための。
だけれども、そんな少女の言葉を周りは聞く耳を持たないらしかった。
「邪魔よ、どきなさい」
巫女は少女の腕を掴むと、少女の腕を思いっきり引っ張る。そして、魔法陣の外に投げ出された少女は、神殿の白い床へと思いっきり体を打つ。
「……っ」
痛みで顔を歪める少女を見る周りの目は冷たい。特に、王であるエルドの目は冷たかった。
(このようなものを我の伴侶だなどと…。しかも美しくもないではないか)
暗にその思考は、美しければ幼女でもいいと言っているのであるからもし思考を読みとる者がいたならば距離を置くことであろう。
「それを始末しておけ」
王の冷淡な声が響くと同時に、少女をかこうのは神殿に仕える聖騎士と呼ばれる面々だ。
「神聖なる神殿をその穢れた血で汚すのはよしてくださいね」
巫女の冷たい声が響く。それに聖騎士たちは頷いて泣き出しそうなほどに顔を歪めた少女を外に出そうと手を伸ばす。
「…さ、触らないで!」
怖さに思わずそう叫んで、騎士の手を払った少女。そんな少女に逆上したのか、騎士は平手打ちをかます。そして、神殿の床に倒れた少女を冷たい目で見ながらも、騎士たち数人で抱える。
(あああ、ど、どうしよう、どうしよう)
そんな少女の心境など、もちろん周りは知りもしない。そして、巫女や魔術師が力を振り絞ってまた召喚をしようとした時、いきなり神殿に風が吹き荒れた。
「ひ、光の神、ラ、ラルファ様!!」
神殿内を吹き抜けた風と共に、その場に現れる一つの影がいる。身長は、160センチを超えたぐらいの、金色に輝くふんわりとした髪を持つ女性だ。その目はエメラルドの輝きを持っており、存在そのものが神秘的とも見る者に言わせる何かを持っていた。
その女性こそ、この神殿の崇める光の神・ラルファだった。
突然現れた自らの神に、聖騎士は驚いたように抱えていた少女を床へと落とす。一瞬、呆けてしまった巫女や王、そして周りの人々も一斉に首を垂れる。
ラルファは神殿内を見渡すと、倒れている少女に気付く。
それを見て、
(…ああ、何て事を)
と思わずラルファは頭を抱えた。
「ら、ラルファ様、本日はどのような御渡りでしょうか」
光の神・ラルファは時折、神殿に顔を出す。言葉を発した巫女は、折角この場に神が訪れてくれているというのに、災いの子がこの場に居る事を忌々しく思っているようで、神が自分の方を見たと共にまた口を開く。
「と、その前にあの災いの子を排除します。ラルファ様の目に――」
「……ラーナよ、それは災いの子ではない」
「え、何をおっしゃっているのですか?」
「……その子はそなたらが召喚した者であるのは、間違いないな?」
「そうです。失敗をしてしまったのですが…」
「……そうか。それはまた何て事を――ブツブツ」
ラーナと呼ばれた巫女の返答に、頭に手をやってラルファはブツブツと顔色を悪くする。ラーナや他の面々もいつもの堂々とした面立ちとは異なるラルファの様子に戸惑ったような表情を見せる。
「…ラーナ、言いにくいのだが、その娘は……」
そして、ラルファが口を開く中で、その場に煙が立ち込めた。
「な、何事ですの!?」
「な、何だ?」
「……ああ、来てしまったようだの。ラーナ達よ、覚悟せい」
慌てふためく人間達に、何が起こるかわかっているようで諦めたように顔色を悪くするラルファ。
ラルファの意味深な言葉に、問いかけようとするけれどもそれは現れた存在とある声によって遮られた。
「ルーナ!!」
煙が消えると同時に、その場に存在していたのは三人の存在。
そのうちの一番年齢の低い、美しい少年が、”ルーナ”というその名を呼ぶ。髪は炎のように赤くて、目は黒い。
「……アー、サ?」
その少年の言葉に反応を示したのは、あの召喚された少女である。アーサと呼ばれた少年は、ルーナが床に倒れているのを見て慌てて近づく。
周りの人間たちは何が何だかわからないと言った様子だが、アーサ以外の二人から放たれる何とも言えない重圧に動けないでいた。
「ルーナ!」
「アーサ…、それに…、お姉様に、お父様も…」
倒れたルーナのそばに屈んで、そして抱きあげたアーサはルーナの顔に残るはたかれた後を見て、その表情を硬くする。
(ああ、もう、駄目だ…)
お姫様だっこをされて、下からアーサの表情を見上げたルーナはもはや諦めにも似た感情で支配される。
「ラルファよ、こ奴らは処罰しても構わないよな?」
アーサの腕に抱えられたルーナを見た、金髪の男はそういって鋭い目をラルファへと向ける。そのラルファを見据える金色の瞳は鋭い。その男と、その隣にいる美しい女性の服装はルーナの着てるそれとそっくりである。
男の隣に立つ、銀髪の女性もその金色の瞳を鋭く細めて周りを見据えていた。
「………ええ、仕方ありません。心は痛みますが…」
「な、しょ、処罰とはどういう事ですか!!」
叫んだのは、ラーナである。神であるラルファが現れたかと思えば、突然現れたわけのわからない人物が自分たちを処罰するといったのだから当然であろう。それに加えて、自分たちを守ってくれるはずの神でさえ、それを仕方がないと言ったのだから唖然とするのも当たり前である。
「……そなたらが召喚し、暴力をふるったその娘は、異世界の神の娘なのだ。神の子供に手を出したのだから、処罰は仕方ないのだ」
ラルファはラーナ達の方に視線を向けて、諦めたようなそう告げた。
そう召喚された少女、ルーナは神の子供である。
今この場にルーナを迎えに来ているのはルーナの父親である最高神のルドと、姉であるサラサ、そしてルーナを甚く溺愛している竜族の王子であるアーサである。
神と人間の間に生まれた半神であるルーナは神力は持っているが、使えない。魔力も皆無で、戦う術をもたない。
寿命以外は幼い子供と変わらない、というのがルーナなのだ。
「な…、か、神の子…?」
「災いの…子が?」
「そう。私はそこの異界の神でもあるルドから連絡をもらっての。娘が召喚されたと…、手荒な真似をしないように慌てて駆けつけたのだが、遅かったようだの」
ラルファがやれやれと言った様子で、その場にいる人々を見渡す。
誰もが信じられないとでも言う様子で、アーサに抱きかかえられている少女を見た。それと同時に彼らはルーナを抱えたアーサの殺気だった目に気付いて思わず彼らの体がびくつく。
その黒い瞳は、確かに怒りを含んでいた。
(…こいつらが、ルーナを)
ルーナを抱きかかえる手に思わず力がこもるのをアーサは感じる。
「じゃあ、アーサ。ルーナを頼むよ」
近づいてきたアーサに向かって、ルドはそういって笑う。しかし、その目は笑っていない。
そしてルドは、空間に手をかざす。それだけで、空間に亀裂が入るのだから、神の力恐るべしである。もちろん、その空間はルーナ達の故郷である世界につながっている。
その言葉に、ルーナを抱えたままのアーサも笑って頷く。
「はい。俺はルーナを連れて帰ります。だから、ルド様とサラサ様は俺の分まで思いっきり暴れてください」
「…え、えっと、お姉様も、お父様も、ほ、ほどほどにね?」
「ええ、もちろんよ。ルーナは優しいわね。可愛い顔をぶたれたっていうのにそんな事を言うなんて。安心してね。殺したりなんてしないから」
「安心してアーサと共に帰っていなさい、ルーナ。お父さんも、サラサも後から行くから」
そんな風にルドとサラサは笑っているが、ルーナは知っている。
自分を傷つけた存在に、彼らが容赦がないという事実を。実際にルーナに手を出そうとした魔物は塵と化したし、幼女誘拐なんてものをしようとした存在は思いっきりお仕置きをされていた。
(……ああ、まだ証拠がなかったら止められたんだけど)
頬にくっきりと残る痛みと、おそらく残っているであろう痣を思いながら思う。
(…だから、私に酷い事しないでくださいって頼んだのに)
こうなっては止められないのだ。そもそも止めてもやらないふりをして後からやってる場合もあるのだから、どっちにしろどうしようもない。
「じゃあ、ルーナ、帰ろうか」
「…うん」
そうして、ルーナはアーサに抱えられたまま、亀裂の中へと入っていったのであった。
―――その後、カーランド王国の王はある一つの呪いをかけられ、聖女は一切の魔力を失う事になる。
その場に同伴していた聖騎士や神官たちもそれぞれ酷い目に合ったという。
国王にかけられた呪いは、『不能の呪い』。
子をなす事も出来なくなった彼は、元々女好きであったのもあってすっかりやる気をなくなり堕落していき、後に荒廃していく王国を見かねた反乱軍に王座を奪われる事となる。
聖なる存在と呼ばれる巫女は、魔力を使える事が前提だ。
よって、聖女は後に聖女という職を失う事になる。栄光を夢見た聖女は、何の力も持たない存在へと化したのだ。特別ではなくなったのに傲慢にふるまう姿に、刺殺されることになる。
それ以後、カーランド王国に『異世界人を召喚する場合は、丁寧にもてなすこと』という掟が出来たのであった。
ルーナ
半神。寿命は長いけど成人するまでは人間と同じように成長する。現在9歳。
家族、他の神々、竜族とか、様々な人に可愛がられている。
神力はあるけれども、使えない。要するに寿命以外は人間と一緒。魔力も皆無。
アーサ
竜族の王子。竜化可能。ルーナ大好き。11歳。
竜族の血が流れていて強い。腕力も人の何倍もある。魔力も沢山持ってる。
サラサ
ルーナの腹違いの姉。母親も神だから、神力も使える。美人。シスコン。
ルド
ルーナの父。異世界の最高神。結構女によく手を出す。でも一番ルーナの事可愛がってる。親ばか。
他にも兄弟とか、親しい人居るけど、そんなに大勢でいっても仕方ないだろって事で三人で来ました。
末っ子で、凄いルーナは甘やかされてるのです。
恋愛感情あるのはそんなに居ないです。大抵妹見るような目で可愛がられてるだけ。
「私に酷い事しないでください」は、迎えに来る父親たちの報復を止められる自信がないので、やめてくださいって事なのです。
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