第二十九巻 鳥籠に囚われたカナリア
或る侍女は物語る。
さて、どうしたものか。目の前には、捕虜となった敵国の姫君。私が侍女としてお世話を仰せつかった。「紅茶はいかが?」「……」「それとも珈琲?」「……」何を出しても黙っているだけ。すると初めて姫君が口を開いた。「その……今混ぜたのは、お塩ではなくて?」あ、ホントだ。 #twnovel
私が夕飯の後片付けをしている間、捕虜の姫君は窓から街の灯りを眺めていた。「どうかしました?」「いえ。祖国の屋敷からの風景に似ていたので、懐かしくて」その澄んだ瞳は、夜景の向こうに思い出を見ているようだった。その夜以来、私はよく鎧戸の鍵をかけ忘れるようになった。 #twnovel
庭園で、私はお花を摘んでいた。捕虜だから仕方ないとはいえ、部屋から出られない姫君の気晴らしになればと思ったのだ。お部屋に戻って花々をお見せすると、姫君は喜んでくれた。「わあ、綺麗。あ、このお花の花言葉を知っていますか?」私は、物知りな姫君の言葉に耳を傾ける。 #twnovel
捕虜の姫君が珍しく所望されたのは、画材一式だった。「いつも近くにいるのに、お顔を観察するのは初めてですね」姫君が描いたのは、私の絵だった。「お世話して頂いてばかりですから、私の感謝のしるしです」いえ、こうして姫君と一緒に語らう時間こそが、一番の贈り物ですよ。 #twnovel
「カナリアをご存知ですか?」「ええ。可愛らしい小鳥ですよね?」「カナリアはペットとしても有名ですが、実は毒ガスの検知にも使われるのです。鳥籠に入れられて、そこが安全かどうかを試すために」揺れる馬車の中で、捕虜の姫君は焼けた街並みを眺めている。自らを責めるように。 #twnovel
そしてカナリアの旅が始まる。