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昨日の私  作者: ソラタ
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2/2

日常介護

朝は昨日とほとんど同じ形で始まる。

ただ違うのは、それを「同じだ」と認識する人間が、誰もそれを確認しないことだけだ。


介護ステーションの端末は六時を正確に刻み、昨日と同じログを生成する。


 対象:E-1147

 状態:軽度認知揺らぎ(継続)

 本日業務:服薬確認

 推奨対応:安定誘導


数値だけが微妙に変化している。

それは進行ではなく“揺れ”として扱われていた。


三号室。

扉は今日も開いている。

昨日と同じように。

違いがあるとすれば、その事実を気にする理由がないということだ。


窓際にいる人物は、昨日と同じ位置にいる。

視線の先も、昨日と同じだ。

ただ、何を見ているのかは今日も分からない。


「おはようございます」

介護員の声は、昨日と同じ速度で部屋に落ちる。

少し遅れて、反応が返る。

「……おはよう」


沈黙が一拍。

その間に、端末が小さく更新される。


 応答遅延:正常範囲内

 行動パターン:安定維持


テーブルの上に薬ケースを置く。

白い錠剤は、昨日と同じ配置だ。

違うのは、誰もそれを確認しないことだ。


「これ、昨日も見た気がする」

患者が言う。

それは質問ではなく、確認に近い。


介護員は少しだけ間を置く。

その“間”は、昨日よりわずかに短い。

気のせいの範囲だ。


「同じ処方です」

そう答える。

それ以上でも、それ以下でもない。


患者は薬を見つめる。

そして、昨日と同じように言う。

「私は、どこかおかしいのか?」


端末が一度だけ点滅する。


 回答推奨:予防的説明(維持)


介護員は言葉を選ばずに言う。

「完全におかしいわけではありません」

それは正確な回答ではないが、機能的には正しい。


患者は小さく笑う。

昨日も似たような笑い方をしていた気がする。

ただ、それを確認する手段はない。


「じゃあ、昨日の私は正しかったのか?」


介護員は一瞬だけ動きを止める。

この質問は、記録上は“未分類”だ。

昨日も出ていない。

少なくとも、ログにはない。


端末は沈黙している。

推奨回答は出ない。


「昨日の記録では、服薬は正常に完了しています」

彼はそう答える。

事実としては、それ以上でも以下でもない。


患者は薬を手に取る。

昨日と同じ動作。

今日と同じ速度。

違いがあるとすれば、それを比較する基準が曖昧になりつつあることだ。


「じゃあ、私は治っているのか、それとも進んでいるのか」


その問いには、端末も即答できない。

少し遅れて表示が出る。


 評価不能:基準変動中


介護員はその表示を見ないふりをする。

そして言う。

「状態は安定しています」


患者は薬を口に入れる。

水は使わない。

昨日と同じだ。


咀嚼も拒絶もない。

ただ、習慣だけがそこに残る。


服薬確認完了。


 対象状態:軽度揺らぎ(継続)

 記録整合性:維持

 備考:観測パターンの繰り返し検出


部屋を出るとき、介護員は一瞬だけ足を止める。

理由はない。

ただ、昨日も同じ位置で止まった気がする。


その“気がする”は記録には残らない。


端末が更新される。


 「変化なし」


その言葉は、なぜか少しだけ安心させる。

そして同時に、少しだけ不安でもある。


介護員は歩き出す。

朝はまだ続いている。

そしてこの朝は、どうやら終わる気配がない。

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