第3話 「姫たちは蒸気爆弾で蹂躙されたようです」
「それでは配膳を頼むぞ、ファナティ!皆に魅惑のおにぎりを届けてやるのだ!!」
姫のリクエストを聞き終えたメイド達が、それぞれの前におにぎりを乗せた皿を置く。
包み紙の隙間から香る、食欲をそそる湯気。
ペッパー、バター、生姜、そして、柑橘
おにぎりによって全く系統の違う匂い、されど、姫の食欲を掻き立てる点は同じだ。
「んー、いい香りですぅ」
「口の中が滝行している。じゅるり」
絢爛豪華な皿を飾る、姫の手のひらサイズのおにぎり。
白を基調とした上質紙には、ギオンコロニ帝国の刻印が押されている。
「あら、このおにぎりは紙に包まれているのね?」
「ナイフとフォークでお上品に食べるのも良いが、おにぎりはこういう風に手に持って、かぶりつくのもアリなのだ」
「聞いたことあるわね。お店の販売所ってそんな感じなんでしょ?」
「うむ!ぜひともみんなで、パクっとして欲しいぞ!!」
ロイヤルディッシュは流行の発信源。
故に、貴族のテーブルマナーよりも、市民の利便性に寄せた食事や文化を紹介することも多い。
だが、今回のルートルインの狙いは他にもある。
夢の世界での体験……、手に持ったおにぎりを口いっぱいに頬張り味わう。
貴族基準では考えられない暴挙、だが、そのありえない行いこそが『旨味』だと知った。
「ちょっとマナーに反する気もするけど、ま、いいわ。ランチは貴女の主導だもの」
「では、みんなでおにぎりを手に持ってーー、いただきます!!」
「「「いただきまーす!!」」」
一斉に翳された、微笑ましくも可愛らしい笑顔。
社交界という名の配信活動を始めて2~4年。
ましてやこれは、国を背負う超重要国家戦略。
視聴者の心を打ち抜き、身を悶えさせ、経済に影響を与える表情づくりなど、彼女達にとっては出来て当たり前の所作だ。
「あーん」
「ぱくり」
「はむっ」
「もぐもぐ……、も……」
「もむもむ……、ん。」
「もぐもぐ……、はぅ~」
そして、出来て当たり前の所作が崩壊した。
ルートルインを除く三人ともが口以外の機能を停止させ、味わうことに全神経を集中している。
「んー!んまいのだ!!ベーコンとアスパラが……っと、いけないいけない。食レポは後でだぞ!!」
おにぎり×破壊の美食学者の、夢から始まる最強コラボレーション。
それが相当な破壊力であると理解していたルートルインでさえ、配信中であることを忘れかけた。
濃厚な旨味が残った舌で唇を舐め取り、可愛らしく水を飲んで誤魔化す。
そんな配信映えを意識した空気感リセットーー、だが、口内をご飯蒸気爆弾で蹂躙された姫達が立ち直れるはずも無い。
「……ねぇ、ルートルイン?」
「何なのだ?」
「何なのだ?はこっちのセリフ!!マジで何なのよこれはッ!?」
「エビマヨおにぎりであろう?もしかして、口に合わなかった……、のか?」
おにぎりも、エビも、マヨも知っている。
だが組み合わさった『エビマヨおにぎり』を知らないルートルインは、失敗の可能性を考えなくてはならない。
一瞬の沈黙が場を支配。
そして、ライラの喉から鳴ったもぐもぐもぐ、ゴクリ。という音を合図にして、レイミスが可愛らしい犬歯を剥き出しにした。
「んな訳ないでしょ、逆よ逆!! 美味しすぎるっつってんのよー!!」
レイミス、キャラ崩壊。
配信用に作っていた『経済大国の気品ある令嬢姫』というイメージとは真逆の粗雑な言葉遣いに、流石のルートルインも目を丸くする。
なお、レイミス・ガチ恋勢の認識では、『背伸びをしたい御年頃のツンデレ妹』。
既に成人している二人の姉に憧れる彼女は、年下であるルートルインやライラを妹のように愛でている……、という設定で推し活している。
「美味いのなら良いではないか?もぐもぐ」
「そりゃそうよね!!でも、もっとやり方ってものがあるでしょ!?」
訳が分からない『おにぎりディベート』なんかやらせないで、普通に食べさせなさいよ!?
……とは言えずに言葉を飲み込む。
配信企画を全否定するような事を言ってしまえば、炎上するのはレイミスの方だ。
「うむ!だからこそのおにぎりディベートなのだ。レイミスの一流食レポ、すごーく楽しみだぞ!!」
屈託なく笑うルートルインの笑顔が、レイミスには悪魔に見えた。
初めて食べた未知の味、その材料こそは理解している。
だが、現代日本食に慣れた者ですら、エビマヨの食レポをして欲しいと言われれば高確率で困るだろう。
ましてや、マヨネーズとの初邂逅ともなれば、適した言葉を選ぶのすら至難の技だ。
「ほらほら、早く食レポをして欲しいぞ。私も語りたくてうずうずしているのだからな!!」
「くゅ……、いいわ、あんたたちのおにぎりが見劣りしちゃうくらいの食レポをしてやるから、覚悟なさい!!」
配信映えを狙った、ルートルインの意地悪なアオリ。
だが、早く食レポしたいというのも本音だ。
彼女がおにぎりディベートを提案したのは、おにぎりに出会った感動と喜びを、友達と同じ目線で語り合いたいからである。




