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第7話 「料理人(ヤクザ)は感動で胸がいっぱいなようです」


「お、おい……!!見ろアレ!!」

「ヤクザより怖い顔の料理長が……」

「泣いている……!?」



 もっちもっちと動く顎、漏水する鷹の目、血管が浮かんだ額。

 地震と洪水と噴火が同時に起きた天変地異級の異常事態に、料理人達の手が流石に止まる。



「ちょちょちょ、ルル様!!なんですかこれ??キザ料理長がウザ過ぎるから解雇ですか!?」

「ご飯を食べたら泣いちゃったのだ。ちょっと予想外のリアクションで困っている。助けて」



 ルートルインは成人男性が号泣する光景を見る事が多い。

 ファン感謝祭でサイン色紙が当選した者に手渡しした時などに、感極まる者がいるからだ。

 だが、硬派だと思っていたキザラの号泣にはすごく動揺した。



「どうすればいい、タナー?」

「えっと、そうだ!!ヘラで叩きましょう!!」

「ふざけんな。俺の尻をヘラで叩いてどうする。バカかてめぇ」



 ゴクン。とギロリ。を同時に放ったキザラが、歯並びの良い口を歪めて笑う。

 そして、ヘラを構えているタナーを睨みつけた。



「うわぁ、ヤクザに戻った」

「うっせぇよ。それよりタナー、全員の作業を中断させて連れて来い。ロイヤルディッシュのメニューを変更する」



 料理人にとっての作業中断は、生半可な指示ではない。

 現在の工程を終わらせつつ、いつでも再開できる状態にする。

 熱を扱う調理であるからこそ、言葉ほど簡単ではないのだ。



「姫様よぉ、流石に面食らったぞ。ご飯……、いや、御飯様と呼ばせてくれ」

「私より格上のように扱うな。当然、却下だ!!」


「そんくれぇ素晴らしいって事だ。神の供物かよ」



 再度、小さなおにぎりを作って口に放り込み、暗黒の笑みを浮かべる。

 もはやヤクザを超えた魔王と化しているキザラーー、だが、彼は本気で世界が変わると思っている。



「キザラよ、涙を零すほど感動したという認識でいいんだな?」

「あぁ。何もかもが新しい。パンでもスープでも肉でも果実でもない、新しい食感。噛むと潰れて甘みが解き放たれる構造。まるで圧縮していたかのような匂いと蒸気が一気に押し寄せやがった」


「肝心の味はどうなのだ!?」

「旨味のブースターだな。食材の味を格段に押し上げる起爆剤だぜ、これ」



 そう言いながらご飯を2枚の小皿に盛り、少量の塩とゴマを振りかける。

 料理と呼ぶには余りにも簡素なそれをルートルインとファナティシアに渡し、視線で食えと語り掛ける。



「とっても香ばしいのだ!」

「美味ですね。ゴマも塩も甘みが殆どない食品のはず、それなのに、この濃厚な甘さは……」



 炊き立てご飯が持つ蒸気こそ、米食文化のメインウエポン。

 米そのものだけではない、同時に炸裂したゴマの香りが一気に口腔を駆け巡り、味となって身体を蹂躙する。


 事実として、味覚と嗅覚には密接な関係がある。

 風邪を引いた時に鼻が詰まると味を感じなくなるのは、そのためだ。

 だからこそ、食材とご飯が口内で混じり合った瞬間、暴力的な旨さが爆発する。



「恐れ入ったぜ。米を洗うなんざ正気じゃねぇと思ったが……、間違っていたのは俺の、いや世界の方だ」

「では、ロイヤルディッシュに出してくれるのだな!?」


「今なら分かるぜェ、無茶ぶりをしてきた姫様の気持ちがよぉ!!」



 キザラは多くを語らなかった。

 一番の理由は時間的制約。

 彼の頭の中にあるロイヤルディッシュメニューは時間があればあるほど完成度が増す。

 初めて炊飯を扱うのだから当然だ。


 それと同時に、ルートルインの後ろにいるであろう協力者の存在を邪推した。

 多忙である姫が単独で炊飯を思いついたとは思えない。

 それこそ、夢の中で妖精に教えて貰うようなファンタジーでもない限りはあり得ないと、上級貴族や王族料理人の関与があると決め付けたのだ。


 だからこそ、キザラの頭の中からすっぽ抜けた。

 専属料理長としての義務……、上司こくおうへの報告・連絡・相談を。



「キザラ!メニューはこんな感じにーー」

「おう、いいな。だったら最初はコイツをーー」


「ふむ!流石キザラだ、冴えているな!!」

「ったく、俺を誰だと思ってやがる。姫様専属の料理人だぜぇ」



 そして、止める大人が不在のままルートルインの暴走が発展していく。

 私的な用事で外部と連絡を取っているファナティシアが聞き流している以上、止まりようがないのだ。

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