第1話 「筆頭メイドは付き従うようです」
「……やったのだ。ついに……、すっごい異世界を引き当てたのだーー!!」
白と桃色を基調とした可愛らしい私室に、寝起きとは思えない快活な声が響く。
ルートルインがベッドから飛び出した現在の時刻、午前5時55分。
いつもの起床時間よりも少しだけ早い目覚め、だが、隣室で控えていた者からすれば緊急事態以外の何事でもない。
「ルートルイン様っ!?」
「ファナティ!!ついに当たりを引いたのだ、それもすっごい奴!!」
「!!おめでとうございます。姫様の喜びこそが、私達侍従にとっての慶事であります」
黒と白をベースに桃色の刺繍が施されたメイド服がひらりと舞う。
ベッドの前で飛び跳ねる主に向かい、美しい所作のメイドが礼を尽くした。
髪色は蒼白でナチュラルショート、耳を飾るイヤリングは親愛の証としてルートルインが贈ったものだ。
彼女こそ、第一王女ルートルインの筆頭メイド『ファナティシア・スリア・ハンドルーラー』
24時間、常に王女の側に付き従い、あらゆる物事を取り仕切る右腕。
今も、ルートルインの起床準備を隣室で進めていた彼女は、主の声を聞きつけて全速力で駆け付けた。
「さて、礼節はこのくらいにして……、すごく興奮していらっしゃいますね?」
「当たり前なのだ!!神々の世界と言われても納得する文化レベルだぞ」
「神とは大きく出ましたね。それで具体的には?」
「一言では語り尽くせぬ。想像できるか、4000億ページを超える知識の書物を!!」
「億……?国家予算でしか聞いたことない数字ですが」
「私もだ!!ともかく、凄まじい知識を秘めた世界に出会った。その意味が分からぬファナティではあるまい?」
ギオンコロニ帝国の法律では、10歳になると魔力鑑定を受けて、個別魔法の識別を行う。
その情報は個人情報として国に登録されるも、一般公開されることはない。
多くは重大事件の捜査の為、更に、万が一の国難を乗り切る有効手段を探す為などに使用される機密情報として扱われるのだ。
そんな背景から、個別魔法は本人が秘密を伝えるにふさわしいと判断した人物にのみ伝えられる。
そして、ルートルインに仕えるファナティシアは『夢旅行』を知る人物の一人だ。
「詳しく伺いたいのですが……、お着替えが先です。ドレスを着た後のお召し物ですし、緩めのチュニックワンピースなどはいかがでしょうか?」
現在のルートルインが着ている服は、パジャマとは到底呼べない一等級ドレスだ。
こんな外交用の服を着ている理由、それは、夢旅行で訪れた異世界で有利に立ち回る為。
衣服としての機能性が高く、そして、文明のある世界で物々交換に使えるようにと考えた結果だ。
夢旅行で新しい世界を訪れる場合、未知の世界の中に、現在の肉体と身体に触れている物質が生成される。
生成される物の条件は、総面積の30%以上がルートルインの肌に触れていること。
重ね着した服は接触面積が少ない為に該当しない、故に、現在のルートルインはショーツやブラジャーなどの最低限の下着の上に外交用のドレスを着るという、常識から外れた格好をしているのだ。
「うむ、ワンピースも捨てがたいが、今は動きやすさ重視のパンツスタイルがいいぞ」
「なぜでしょうか。お茶会前に執務はございませんよ?」
分かりやすく首を傾げた、純粋な問いかけ。
態度を切り替えて様子見しているファナティシアは警戒しているのだ。
夢旅行でルートルインの心が深く傷ついている可能性を。
夢旅行で新しい世界を訪れる、それは大抵、碌な事にはならない。
目覚めたルートルインの目に涙が浮かぶなど、日常茶飯事。
文明がない世界を一人で冒険しているのならまだ良い方で、現地生物に襲撃されたという報告も少なくない。
そして、最も恐るべき事態なのは、ルートルインが死を待つだけの状態となっていた場合。
夢旅行の条件である睡眠――、意識途絶まで続く苦痛。
それを体験してしまった後のルートルインを知るからこそ、ファナティシアは『安心を与える存在』を心掛けている。
「厨房に行くぞ。今日のお茶会でどうしても出したいランチがあるのだ!!」
「という事は、ロイヤルディッシュに相応しい料理文化がある異世界に?」
「料理だけではない。機械工学、国家法律、街のインフラ、治安、どれを取っても我がギオンコロニ帝国の惨敗だ」
「いや、流石にそれは……、最近は文化交流配信に刺激された革新の日々ですよ」
「文明格差は30〜50年はある気がする。むしろ、唯一拮抗できそうなのが料理だ」
イナトの部屋に出現した直後、ルートルインは日本とギオンコロニ帝国の技術力の差を10年と見積もった。
個人所有の冷蔵庫、クッキーの味、布団や衣服の品質。
姫の立場なら手に入る、だが、この世界では平民が持てるほど安価で流通していない。
イナトが一般人だと言った時点で、一級品が既製品として扱われるまでの時間が文明力の差だと思ったのだ。
そしてその見積もりは、コンビニとタブレットの出現によって木っ端微塵に破壊された。
王宮の豪華さとは違う、実用性を突き詰めた煌びやかな店舗。
商品は美術品レベル、そして、それが複数並ぶ異常な光景。
極めつけは、欲しい情報を瞬時に探し出して表示する、魔法の機械・タブレット。
「50年って半世紀ですよ。5ルートルイン様で、3私ですよ?うーん、想像できないですね」
「私とてそうだ。なんなら今からもう一度寝て、日本を味わい尽くしたいくらいだぞ!!」
「二度寝はやめましょう。お茶会に遅れてしまいます」
インターネットの原型が開発されたのは1969年、約55年前。
日本の高度経済成長期の終わりと重なるそれは、情報化社会基盤が出来た時期だ。
「ふは!確かにそうだ。それに今は時間が無い、一刻も早く厨房に行かねばならぬ!!」
「まずはお着替えからですよ。準備してきますね」
ファナティシアは隣室に向かいながら微笑み、安堵した。
ルートルインが言っていることはよく分からない、質問も山ほどある。
だがそんな物は、今日の夜にベッドの上でごろ寝しながら聞けばいい。
今はただ、ルートルインが楽しそう。
それだけで十分なのだ。




