8. ポーション作りと浄化
隣にいるマリスからの圧をひしひしと感じ、肩身を狭くしながら、ヴィクトルが淹れてくれた温かいお茶を啜る。
マリスは、ヴィクトルからの説明を聞き、なんとか私の存在を理解してくれたようだ。
しかし気に食わないのは相変わらずのようで、彼女の言動にいちいちチクチクしたものを感じる。
「私はヴィクトルさんに気はありません」とはっきり言ってしまいたいが、言っても信じてもらえなさそうだし、恐らくヴィクトルはマリスに好かれていることに気がついていないので、ヴィクトルの前で明言してしまったらマリスからのヘイトが限界突破しそうだ。
職場恋愛ってギスギスするからやめた方がいいんだってば〜!楽しいのは本人たちだけだよ……。
地球での職場の色々を思い出して嘆息する。
過去、男上司の浮気相手が会社にいるとかで、奥さんが社内に乗り込んできたこともあったっけ……あの時もたまたま私が隣に立っていたからという理由で、浮気相手だと誤解されて大変だった。
結局浮気相手は隣の部署の子だった。本当にやめてほしい。
マリスさん、こんなに近いヴィクトルじゃなくて、騎士団の誰かとかを好きになればいいのに、と彼女の方をチラ見したが、騎士団も十分近いし、芽生えてしまった気持ちはどうしようもないので、結局は押し付けになってしまうか。と、考えるのをやめた。
難しそうだ、城内恋愛。
とりとめのないことをぼんやり考えていた私の前に、ヴィクトルが覗き込んできた。
「ティア?大丈夫?」
「え!?わっ、すみません聞いてませんでした、なんですか?」
「フンッ!鈍臭い」
急に現実に引き戻された私に、マリスからの棘が刺さる。いてて。
「お疲れのところ申し訳ないんだけど、幾つかここで試してもらいたいことがあってね」
言いながら、ヴィクトルがビーカーに入った薄い緑色の液体と、革で作られた厚めの図鑑くらいの大きさの入れ物を私の前に差し出した。
「まずは。先程……訓練所で、僕が怪我をした騎士に飲ませたポーションは覚えてる?」
「ああ、はい」
地球に、飲めばすぐに傷口が治癒する薬はない。ヴィクトルの意図せず実演してくれたポーションのインパクトは大きすぎて忘れられない。
「そのポーションの作り方なんだけどね、幾つかの薬草を煮た液体……」
ヴィクトルが目の前のビーカーを軽く揺らす。
「これに浄化の魔力を加えて製作する」
私は目を見開いてヴィクトルを見た。
「ティアにポーションが作れるか、挑戦してほしい」
「やります!」
戦場に行くのは嫌だけど、ポーション作りならできそうだ。それに戦場って、イメージだけだけど、怪我人は多そうだし、この世界で浄化魔力持ちが少なくてポーションが貴重なら、もっと大勢の人にポーションを行き渡らせる協力ができるなら、出し惜しみする理由はない。
「これに、さっきの剣と同じように魔力を流し込んでみて」
ヴィクトルからビーカーを受け取り、目を閉じる。
ビーカーを割ってしまわないように、軽く力を込めて、魔力を流すイメージを脳内で描く。
「……成功だ!」
ヴィクトルの言葉に私は恐る恐る目を開いた。
ビーカーの中の液体は、薄い緑色から、キラキラと輝く金色に変色していた。
ヴィクトルがゴクリと唾を飲み込んだのがわかった。
「……ティア。君にあと1つだけ試して欲しいことがある」
ヴィクトルが改めて真面目な雰囲気で私の方をじっと見つめてきた。隣のマリスからの痛いくらいの視線を感じる。
「もちろんです、なんですか?」
「君が、生き物が好きだというのなら少し見ていた辛いかもしれない。これは……瘴気にやられて狂暴化してしまったポイズンマウスの死体だ。この研究所に複数体保管してある」
ヴィクトルが革の入れ物の蓋をそっと開けた。
「ッこれ……」
「大丈夫、直接触れなければ人体に影響はない」
入れ物の中にはムンワリとした紫色のガスが沈澱しており、その中心に乾いたハツカネズミ型の魔物の遺体が置いてある。
あのハツカネズミ型の魔物は、ポイズンマウスというらしい。
「この入れ物は、剣の鞘などと同じ素材で作られている」
ヴィクトルが入れ物を指差した。
「瘴気は空気より重いから、慎重に扱えば撒き散らすことはない。……ティア、この魔物に直接触れなくてもいいから、少しだけ手を近づけて魔力を注いでみてくれないか?」
「!それって……!」
ヴィクトルの言葉に、私よりもマリスの方が激しく反応する。
マリスの方を見て、ヴィクトルは頷いた。
「ああ、もしこれが成功すれば、ティアはこの国を窮地から救う希望の光になる」
ぷ、プレッシャ〜!!!せめて成功してからそういうことは言ってほしい!失敗したときに消えたくなっちゃうから!
私はバクバクと自分の心臓が鳴るのを感じながら、ポイズンマウスに向かって手を伸ばした。
遺体の周りを漂う紫色の瘴気に触れない場所で止め、グッと力を込める。
もうなんだかんだで3度目!成功して……!
「す、すごい!すごいよティア!」
「そんな……ことって……!」
ヴィクトルとマリスの驚愕に震える声が聞こえ、私は恐る恐る目を開けた。
目の前のポイズンマウスの遺体の周りから、紫色の瘴気が消え去っていた。
「これって……成功?」
「ああ、ああ。きっと成功だ!」
ヴィクトルがそっと素手を入れ物に入れ、ポイズンマウスの遺体を掬い上げた。
「きゃあ!しょ、所長!」
マリスが悲鳴に近い声をあげ、口元を押さえる。
「……なんともない」
ヴィクトルがポイズンマウスの遺体を両手の中で転がして観察した。
「遺体から瘴気が消えてるし、持っても平気になっている……はは……ははは!」
ヴィクトルと目が合った。
あ、と思ったけど遅かった。
ヴィクトルは私をガバリと抱きしめて、背中をバシバシと叩いた。
「君が、君が望んでいなかったことはわかっている!でも、それでも……!この世界に来てくれて、本当にありがとう……!」
私はなんとも言えない感情になった。それよりも……
そっとマリスの方を見る。
そこには、無言でこちらを睨みつけている鬼が立っていた。
あ、ああ〜!
私は現実逃避したくて、目をギュッと閉じた。




