5. 訓練場へ
「ギルバートが言うには、君の国には、どうぶつ、というものがいるらしいね」
魔術研究所の測定室の階段を登りながら、ヴィクトルが聞いてきた。
「はい。言葉の意味としては、ざっくり言うと、私たち人間以外の生き物のことなのですが……」
こくりとヴィクトルが頷く。
「君が求めているのはその中の、毛の生えている生物なのだろう?」
「はい……」
「この国では、恐らく君の言う動物は、魔物と呼ばれている生き物だと思う」
私は頷いた。
「ギルバートさんも、そうじゃないかと言っていました」
「そう。で、実はその魔物に今起きていることが原因で、我が国は今までにない窮地に陥っているんだ。……どうぞ」
ヴィクトルが魔術研究所の測定室のドアを開けて、通してくれる。
「ありがとうございます」
「次はこっち。……で、まずは問題が起こる前の、魔物の立ち位置から話すね」
ヴィクトルがのんびりと、きた道とは反対方向に歩き始めた。
ヴィクトルの話を要約すると、こうだ。
昔は、人間は街。魔物は森や海といった、それ以外の場所に暮らしており、狩りの時以外、お互いに干渉することは、殆どなかった。
それこそ、過去に聖女が倒したとされる、巨大な竜くらいしか、街まで人間を攻撃しにくる魔物はいなかった。
しかし約1年前、魔物の住む山奥で、瘴気が漏れていることが確認される。この瘴気が、国と、魔物にも破滅をもたらす。
「瘴気と呼ばれているものは、最近存在が確認された、紫色のガスだ。それを吸った魔物が理性を失い、攻撃的になることが確認されている。でも裏を返せばそれ以外、どうしてそんなガスが発生しているのか、どこからそのガスが発生しているのか、などは一切わかっていないんだ」
ヴィクトルは悲しそうに呟いた。
「ただ瘴気の発生源は、聖女の遺した浄化魔法のかかった岩の近くにあると考えられていてね。何か関係あるんだろうけど、現状は不明のままだ。その場所は竜たちの棲家でもあるから、調査したくても近づけない。危険すぎるんだ」
ともかく、このガスを吸った魔物たちが、大暴れし始めてしまったのだ。
襲いくる魔物を倒しても倒しても、ガスの発生を止めないと、イタチごっこで意味がない。
またこのガスは人間にとっても有害だった。すぐに死ぬ訳ではないが、大量に吸い込むと、身体に不調をもたらし、被害者を苦しませる。
幸運にも、浄化魔法を使えば、瘴気による症状は緩和することがわかった。しかし、浄化魔法を使える者は少なく、更に使える者も、メインの属性は火や水といった4大魔法で、その副属性として少し使えるだけなので、被害者の量に追いつかない。
結果、魔物と戦えない者が日を追うごとに増えていき、国はこれといった対策ができないまま、今日に至る。
「ちなみに、浄化魔法は人には効果があることが確認されているけど、魔物にかけたらどうなるかは分かっていない」
ヴィクトルが、私の様子を伺うように、ちらりとこちらの方を見た。しかしその視線は、すぐに前へとうつされる。
「……今は、魔物が瘴気に侵されてしまったら、殺すしかない。でも、もし、大量の浄化の魔力を魔物にぶつけられたら、魔物の理性を取り戻してあげられるかもしれない。……魔物も、瘴気の被害者だからね」
「!」
私は顔をあげて、ヴィクトルの方を見た。
「ただ、誤解しないで欲しいのは、過去の聖女は魔物を倒していたらしいし、例え魔物の理性を取り戻せたとしても、魔物は、君の言う“どうぶつ”みたいに、人には懐かないということだ」
大量の黒くうねる前髪の向こうから覗く目と、私の目が合った。
「けど、人も魔物も救うことが、君にならできると思う。現状、この国でそれができる可能性が1番高いのが、君だ」
私は一度瞬きして、目をそらした。
「浄化の魔力を持つ私がこの国でできること……」
「ついたよ」
「えっ」
ヴィクトルが前を指差した。
そこは城に併設して建てられた、兵の訓練場のような場所だった。
「お昼だから、それなりに人がいるね。……こっち」
木刀で素振りをしている人や、刀身の部分が燃えてる剣を振り回して訓練している人を横目に、私とヴィクトルは弓を射るときの的のような板が並んでいる場所に来た。
「さっき言ったみたいに、君の魔力は浄化属性だ。それは間違いない。けど、その魔力でできることはまだ未知数だから、今はそれを探っていこう」
ヴィクトルが、少し離れた場所に立って訓練している騎士を指差した。
その人は、手のひらの間に火の球を発生させ、それを的に向かって放っていた。
ボン、という音と共に火が的に当たる。
「あれが、火属性の攻撃魔法」
「攻撃魔法……」
「そしてあれが水属性の防御魔法」
次にヴィクトルが指し示す方向を見ると、また別の騎士が、水でバリアのようなものを作っていた。
「あっ」
バリアを見ていたら、そのバリアに向かって、別の騎士が、刀身がメラメラと燃え盛っている剣で攻撃を仕掛けた。
「で、今攻撃した騎士が持っている剣にかけられているのが、付与魔法だ」
ヴィクトルが私に向かって3本の指を立てた。
「魔法には、大きく分けて3つの使い道がある。
1、攻撃魔法
2、防御魔法
3、付与魔法だ。
いまから、君がこの3パターンのうち、どれが最も得意かを調べていく」
「分かり、ました」
私は頷いた。
――――――
「…………」
「…………ッ……ふん……ん……ッ!」
「…………攻撃魔法ではないな」
「…………そ……うですね」
攻撃魔法なら、腹に力を込め、それを手の先に送り出す感じで魔法を発動する、と言われ試した結果。
ものの見事に何も起こらなかった。
私はクッション片手に、ただの腕を前に突き出して力んでいる人になったし、途中私たちの後ろを通った攻撃魔法使いの騎士がくれた、「こう、ふんっ!と力を込めてギュワァアア〜!ってやるんだぜ姉ちゃん!」というアドバイスの意味もさっぱり分からなかった。感覚派め。
カーッと顔を真っ赤にしながら腕を下ろす。
「じゃ次、防御魔法に挑戦してみようか」
「……はい」
私はまだ赤いままの顔で、隣のヴィクトルを真似て腕を再び上げた。
「防御魔法も、攻撃魔法と出力までは同じで、手の先からは伸ばして、盾にしていくような感覚で魔力を展開させていくといい」
「分かりました……ッ」
ヴィクトルの言葉通りに、バリアをイメージしながら、再び腹と手に力を込める。
「…………」
「…………防御魔法、でもないかな」
何も起こらなかった。
も〜!全部が全部、壮大なドッキリなんじゃないの!?って疑いたくなるくらいに恥ずかしいぃ〜!!!
私は耐えきれず、自分の顔をクッションで覆った。
そんな私の前に、1本の、鞘に収められたままの、短めの剣が差し出された。ヴィクトルだ。
「なら、残された使い道は後一つ。付与魔法だ。やってみようか」




