40. グレイの秘密
あのマリス事件のあと、国王陛下から私とグレイは瘴気の解決者として大いに讃えられ、パーティが再開された。
色々ありすぎて体力が限界だった私は、早めに退散させてもらうことにする。
「送っていくよ」と言ってくれたグレイと共に、大広間を後にする。
人気の少ない廊下を2人で歩いていたら、後ろからヴィクトルが追いかけてきた。
「ティア!」
「ヴィクトル?」
息を切らせて走ってきたヴィクトルが私たちの前で立ち止まり、息を整える。
「父さんももう少し身体を動かした方がいい。一緒に訓練しよう」
「うるさいよ……ハァ」
息を整えたあと、ヴィクトルは私を真っ直ぐ見つめ、深々と頭を下げた。
「今更だけど、マリスのことで本当に申し訳なかった。僕が上司として真っ先に気づいて対策をするべきだった。それにまさか僕が君に気があるなんて思われていたなんて……」
私は慌ててグレイを起こした。
「いえいえ!むしろヴィクトルには私が気づかせないようにしていたので大丈夫ですよ、本当に気になさらないでください……!」
ヴィクトルは深いため息を吐いた。
「でも本当にすまなかった……。これからはもっと快適で働きやすい職場になるように、色々整えようと思う」
ごちゃついている職場を思い出し、私は苦笑いした。
「瘴気の発生源を浄化できたし、明日からは仕事もうんと減ると思うよ!」
ヴィクトルが笑った。しかし、「あ、」と私の方を見る。
「もし……その、まだ元の世界に未練があるのなら……なんだけど。黒魔術についての研究を始めるのもいいかもしれないね。瘴気の問題は解決できたのだし、一応……伝えておくよ。もちろん僕個人は、君にできればこの世界にずっといてほしいし、他の皆も絶対そう思ってるとだけは伝えさせてもらうね!」
ヴィクトルはババッと早口に喋ると、「考えといて!じゃ、おやすみ!」ときた道を引き返していった。
「おやすみなさい!」
私も慌てて挨拶を返したが、ヴィクトルに届いたかどうかは微妙なところである。
何をそんなに急いで帰ったんだろう?と思って振り返り、納得がいった。
グレイが大雨の中、段ボールに入れて捨てられた子犬のような表情でこちらを見てきていたのだ。
「グレイ!」
私はびっくりして慌ててしまった。
「泣かないで」
「……ティアと会ってから、俺は泣き虫になった」
グレイが顔を歪めたまま、私のことを抱きしめた。
と、思ったらグレイはそのまま私のことをお姫様抱っこのポーズで抱え上げると、スタスタと足早に廊下を歩き出した。
「グレイ!?」
私が驚いている間に、ヴィクトルの隣の自室につく。
「入るよ」
そう言ってグレイと共に室内に入った。
丁寧な手つきで、柔らかいベッドの上に下ろされ、そのまま再び抱きしめられた。
「ティア、帰らないでほしい……」
グレイがか細い声で呟いた。
全くこの人は、と私がグレイの背中に腕を回そうとした瞬間、グレイが私からガバリと離れた。
その顔は真剣そのものだ。
そしてなんとグレイは自分で自分のシャツのボタンを外し始めた。
「え!グレイ、待って、何して……」
途端に私の顔が真っ赤になり、目がまわりそうになる。
「ティアにっ、隠してた、ことがある」
グレイはボタンを外しきると、バサリと上半身に身につけていた服を、床に投げ捨てた。
美しく引き締まった肉体が露わになる。素肌の上の血の瓶が、チャプリと揺れた。
グレイは1度ゆっくり深呼吸すると、私のことをじっと見つめた。
「……見てて」
そう言うが早いか、グレイの身体がみるみる変化していった。
すべすべだった肌からは銀色でフサフサした毛が生えてきて、手からは立派な爪が生えてきた。
数秒もかからないうちに、私の目の前には、満月の時にしかお目にかかれない狼型の魔物の姿のグレイが立っていた。
驚きに私の顎がぱかりと外れた。
「俺は、満月の夜だけは強制的にこの姿になってしまうだけで、なろうと思えば、いつでもなれるんだ」
喋りながら、グレイがヒョイと私のベッドの上に乗った。
そしてころりと横になり、私に向かって腹を見せる。
「好きなだけ、触ってくれ」
…………あ、ありがとうございますっ!!!!!
神様仏様グレイ様。本当にありがとうございます。
天国はここにありました。
私は客観視したくないほどグレイを撫でまくった。吸いまくった。揉みまくった。
大好きな人の、(もちろん人型も大好きだけど!)大好きなモフモフモードだ。手も止まらないし、モフモフな箇所へのキスも止まらない。グレイも幸せそうにしてくれているのできっと大丈夫だろう。
ちゅちゅちゅ!と首のモフモフにちゅーをしてふわふわな部分に顔を埋める。目を瞑って幸せを噛み締める。
と、グレイのマズルが私の耳の側に当てられた。
「俺はモフモフだろう?毛並みだって、ええと、どうぶつとやらに負けていないはずだ。ずっと触ってていい、好きなだけ触っていいから……元の世界に帰らないでほしい」
私はピタリと身体の動きを止めて起き上がった。
狼型のグレイの顔をを見つめる。
寂しそうな顔についているその耳はしょんぼりと垂れており、毛並みも心なしかいつもよりしんなりとしている。
私はグレイの頭をそっと撫でると、「グレイ、人型になれますか?」と聞いた。
グレイの身体が再び変化し、目の前に銀髪の美しい男が現れる。
ついさっき大広間では勝ち誇ったように自信に溢れていたその顔が、いまや一気に疲れてくたびれていた。
私は愛おしいその顔をそっと撫でると、グレイをしっかりと抱きしめた。
「モフモフの姿があってもなくても、私の答えは一緒です」
ビクリとグレイが身じろぎした。
「私は元の世界には帰りません」
グレイがハッと息をのんだのが分かる。私の顔を見ようと、私の拘束から逃れようとしたグレイをより強い力で抱き込む。
「私も、あなたが好きです。伝えたのがバタバタしてる最中だったから、改めて何度でも伝えさせてください」
恥ずかしさもあり、私のグレイを抱きしめる腕にどんどん力がこもっていく。
「今世界中で……元の世界を含めても、1番大事な人はあなたなのに、グレイ。どうしたら置いて行けるっていうの!」
私は全てのマイナスな気持ちを吹っ飛ばすように真っ赤で嬉し涙が浮かんでいる顔で笑った。
「私の居場所は、グレイがいるところです!」




