39. 断罪
「マリス、いい加減にしてください。それら全部嘘ですよね?」
「はあ!?あんたに何が分かるっていうのよ!」
マリスが食ってかかってきた。
「だっておかしいじゃないですか。その考え方の元でグレイに瘴気を盛ったのなら。何故もっと前ではなく、瘴気が消えたと喜んでいる今なんですか?何故グレイが狂暴化した魔物になるのではと思っておきながら誰にも相談せず1人で、しかも私がいるところで行ったんですか?」
「そ……れは」
マリスがグッと奥歯を噛み締めた。その目が左右に素早く動く。まるで周りにいる誰かが答えを出してくれると思っているみたいに。
「〜〜〜〜ッ!それは考えが及ばなかったのかもしれないけど!でも私のおかげで騎士団長は瘴気に侵されると魔物の姿に戻ってしまうってことは分かったじゃない!」
マリスが鼻息荒く、グレイのことを指差した。
「わ、私を処分するよりこの危険人物を処理した方がいいわよ!!!いつか私たちを噛み殺しにくるわ!!!」
そうか、マリスはターゲットをグレイに変えたのだと悟る。自分がヴィクトルと幸せになれないから、人の幸せも妨害しようとしているのだろうか?
……本当に、許せない。
私はグレイの元へ歩み寄ると、その首元を肌けさせた。
聴衆人から、「おお……」という低いざわめきと、女性の「きゃ!」という高い悲鳴が上がる。
私にボタンを外されたグレイが顔を僅かに紅潮させながら口を半分ニヤけさせているのを見て、私は片眉を上げた。しかし何も言わないまま、グレイの服の中からネックレスを引っ張りだし、周りに見せた。
「これは私の魔力が入ったポーションです」
そのネックレスの先には小瓶が括り付けられており、中には赤い液体が保管されている。
「万が一瘴気に侵されてしまった場合を考え、グレイには肌身離さず持っていてもらいました」
「な……!な……っ!」
驚きと悔しさに仁王立ちになりながら震えるマリスに、私は頭を下げた。
「マリスのおかげで、このポーションが瘴気を打ち消せることが証明されました!」
顔を上げ、周りを見渡す。
「ガスマスクにこのポーションが有れば、グレイは胸を張ってどこへでも赴き、ここコルヴェニアに勝利の栄光を!必ずやもたらしてくれるでしょう!」
ワッと大広間が歓喜の声で湧き上がる。
グレイを讃える声、興奮のまま話合う声、私を応援してくれている声――……
「うるっさいわねえ!!!!!」
それらを掻き消す程大きなマリスの絶叫が、大広間に響き渡った。
「そんなポーション信じられると思う!!?大体あんたを貶めるためにやったに決まってるでしょこの淫女!」
大広間が再び鎮まりかえる。
隣に立つグレイから殺気がブワリと醸し出されたので、慌ててグレイの腕を引く。
「……淫女?私がですか?全く身に覚えがないのですが……」
「私のヴィクトルを取ったじゃない!!!」
マリスが金切り声で叫ぶ。
「誰が、君の、だって……?」
私の空いている方の隣に、ヴィクトルがきた。
「僕は今まで1度だって君のものだった覚えはないよ」
「いいえヴィクトル!あなたは私のことが好きだった!でもそこの娼婦に誘惑されてからは冷たくなってったじゃない!」
うげえ、とヴィクトルは顔を歪めた。
「気持ち悪いこと言わないで。君はあくまで部下だよ」
「あなたが気づいてなかっただけよ!」
マリスが叫ぶと、今度は小さな人影が人々の中から進み出てきて、マリスの前に立ちはだかった。
「ヴィクトル所長があなたみたいな人好きになるはずありません!」
リリーだった。
リリーは震えながらも必死にマリスを睨みつける。
「マリスさんはいつもティアさんに自分の仕事を任せて、何もしないでサボっていたじゃないですか!ティアさんは忙しいのにマリスさんの仕事までこなしてくれてたのに、更に悪戯にポーションの中に材料じゃない物を入れるとかの嫌がらせをするなんて、そんな人を所長が好きになるはずありません!」
リリーの抗議に続き、人混みの中にいる魔術研究所の面々からも、「そうだ!そうだ!」と同意の声が上がった。
「はああ?何も知らないぽっと出どもは引っ込んでなさい!仕事だって私が押し付けてた証拠なんて何もないじゃない!」
「証拠なら……あるよ」
ヴィクトルが静かに告げた。
マリスがヴィクトルを愛憎こもった目で見つめる。
「君は主に手のかかる書類ばかりティアに押し付けていたようだね。おかげで筆跡が全然違う君たちのどちらがどの書類を処理したのか大変分かりやすい。書類はほぼ全て保管されているから、調査させたらどちらの言い分が正しいかは一目瞭然だろう」
「ヴィクトル……なんで……」
マリスの両目から涙が零れ落ちた。
「こんなに好きなのに……」
ヴィクトルが肩をすくめた。
「君と僕とではそもそもありえないよ」
グレイはそっと私とグレイの背中に手をまわした。
「僕の部下と、1人息子を虐めるような人は願い下げだね」
「む、息子……?」
マリスが目を見開いた。
「ち、違うの……知らなくて……」
化粧も何もかも涙でどろどろに溶けた恐ろしい形相で、マリスがこちらに1歩にじり寄ってきた。
途端にグレイにヴィクトルや、他の大広間にいる騎士たちが殺気立つ。
「は、話を聞いて……」
まるでゾンビのようにマリスがもう1歩足を踏み出した。
「話ならもう聞いたではないか」
今度は大広間の、私たちが立つ場所からマリスを挟んで反対側の方。マリスの背後の方向から声がした。
イーライ国王陛下が、そこに立っていた。
「全く、瘴気が消えためでたい日になんて事件を起こしてくれたんだ」
ライオンのような国王陛下は、床に落ちているゴミでも見るかのような目でマリスをちらと見た。
「処刑でいいだろう、本来なら丁重にもてなさなければならない聖女を虐め、我がコルヴェニアの誇る騎士団長を貶めようとするとは、下劣な女め」
国王陛下に連れられた騎士たちがマリスの周りを取り囲むと、マリスを押さえつけた。
「いやっ!待ってよ!処刑ですって!?ただの女のかわいいやきもちじゃないのよ!ねえ!!!」
マリスはギャアギャア喚き散らし、騎士たちの手から逃れようと踠いた。
その姿こそが、理性を失った魔物のようで、私はゾッとした。
……しかし。
「僭越ながら国王陛下、発言をよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだとも」
「し、処刑は、その、些か重すぎるかと……」
グレイが「ティアは優しすぎる!」と大きな独り言を溢したが、自分のせいで(もちろんそれなりの悪事は働いたが)処刑を宣告されてしまうのは、なんだか行き過ぎな気がするのだ。
そう思っていたら国王陛下は肩を軽くすくめると、「なら終身刑だな」と言ってマリスを牢屋へ入れるよう指示した。
「は!?だったら死んだ方がマシなんだけど!?ちょっとティア!この醜女が!余計な口出してんじゃないわよ!」
ギャアギャア叫びながらマリスが運ばれていく。
私はなんとも言えない気持ちでその場に取り残された。
「ティアは世界一美しい、俺が保証する」
「私もティアさんはとてもかわいいと思います!」
「ティアは美人さんだよ!」
グレイ、リリー、ヴィクトルが次々と声をかけてくる。お世辞だとしてもありがたい。
最後、ヴィクトルがグレイから「幾ら父さんでもそれは」と睨まれていたのは可哀想だったが。
私は皆にお礼を言うと、やっと終わったのだ、とそっと笑みを浮かべた。




