38.狼少年マリス
大広間に私たちが行く、少し前。
時はまだ私たちがぼろぼろの状態でグレイの部屋にいるときに遡る。
ヴィクトルはマリスは人が集まっている大広間に叫びながら向かったと言った。
「恐らく大勢の人にグレイの危険性を知らしめてから討伐させるのが狙いなんだと思う」
「そんな!絶対にダメです!私の血は……」
「大丈夫、分かってるよ」
ヴィクトルは私を落ち着かせるようにトントンと腕を叩いた。
「父さん」
グレイが口を曲げながら言うと、ヴィクトルが私の腕から手を離し、肩をすくめた。
「えっ今かい?……束縛系は嫌われるぞ」
グレイは苦虫を噛み潰したような顔になり、私は赤くなった。
「なんにせよ、グレイが瘴気で魔物化するという事実はなるべく公にしない方がいいんじゃないかな。幾らティアの血やポーションで治せるとはいえ、お偉いさん方は心配性だからね。こちらにとってのマイナス要素はない方がいい」
「俺に薬を盛った罪を、あの女に問えなくなることは尺だがな……」
グレイが牙を剥きながら低く唸った。人間なのに少し狼みを感じる仕草だ。
「でももしマリスが大広間に行って同じことを吹聴しているのなら、それは使えるよ。名誉毀損罪」
「軽い」
不機嫌そうなグレイに対し、ヴィクトルは再び肩をすくめた。
「……あの、瘴気を盛られたってことは発表してもいいんじゃないでしょうか」
グレイとヴィクトルの視線が私に向けられる。
「瘴気を盛られても、グレイはしばらく正気でした。しばらくというか、私の腕を噛む瞬間まで耐えられていました。今回は私の血がグレイに効くか分からない状態、グレイも知らない状態でこうなってしまいましたが……」
私は自分の腕部分のぼろぼろの服を持ち上げた。
「例えばポーションか、私の血を、ネックレス型の小瓶とかに詰めて常に肌身離さず持っていると言えばいいのでは?」
ヴィクトルが首を傾げた。
「……今回の流血沙汰だけを隠して、瘴気を盛られたけど、ネックレスからすぐに薬を飲んでことなきことを得たということにするってことか」
「はい」
私は頷いた。
「瘴気からの影響が全くないと言うことは嘘なので、それはそれで印象は悪くなる気がするんですよね」
「それに万が一俺を貶めようと考えている人がいた場合、瘴気は使っても意味ないぞ、という牽制にもなるな」
グレイも頷くと、心配そうに私の方をみた。
「ただ当然、俺はこの先、ティアの血を肌身離さず持たなければならない。俺はとてもありがたいんだが、ティアには負担になってしまうんじゃないか……?」
私は首を振った。
「グレイのためなら。それに血の提供は公表するしないに関わらず、定期的するつもりでしたし」
グレイと見つめ合い、お互い微笑む。
「はいはい」
ヴィクトルは私とグレイを引き離した。
「でもまだ問題はあるよ、彼女が瘴気を盛ったのがティアだと言い張ったりね。いくらマリスからポーションを渡されたとはいえ、ポーションが細工された、とかよそ見してる間に混ぜられたのかも〜とか……。グレイの魔物化も恐怖心による早とちりでしたって言い逃れされたら意味ない」
ヴィクトルが顎に手を置いた。
「……うまく彼女に全てを自白させられるように誘導しなければいけない」
「大広間の衆人環視の中で言質が取れたらいいんだが……」
グレイの言葉にヴィクトルが頷く。
「……でも実際の彼女の罪って、君たちや僕が知ってるよりも多い気がするんだよね。何がきっかけになるかわからないし、情報は多い方がいい。ちょっとお互いが持ってるマリスの情報を共有しておこうか」
そうしてお互いに知っていることを教え合い、準備をし、ヴィクトルは先に大広間へ。
私とグレイは、ただただ着替えのために遅れた風を装って登場することが決まった。
――――――
私は大広間の床に這いつくばるマリスを見た。
信じられない、という表情で私を方を見て、ブルブルと身体を震わせている。
「揺さぶりをかけなきゃダメだ」とグレイが飛び出して行った時は肝が冷えたが、なんとかなりそうでよかった。
私が内心安堵していると、ガリリと不快な音がした。
音の発生源を見ると、マリスが親指の爪を赤子のように齧っている。
そのまま数秒固まっていたマリスは、突如血走った目で、バッと自分の左右の様子を確認した。恐らく人々の反応を見たのだろう。
そして自分が言い逃れできないと知ったようだ。
よろりと自分の足で立つと、侮蔑の表情を浮かべ、私の方を見る。
マリスは涙で崩れている目尻のメイクをぐいっと乱暴に拭うと、胸を張り大声で主張し始めた。
「確かに私は騎士団長に瘴気を盛ったわ!そうよ!私がやったの!」
突然のマリスの罪の告白に、大広間が蜂の巣をつついたようにざわめき出す。
「でもぉ、それは皆さんのことを想ってのことだったのよ?」
マリスが猫撫で声で説明を始める。両手でグレイの方を指すとペラペラとマリスの口がまわりはじめた。
「ご存知の通り、騎士団長さんは人と魔物のハーフです。瘴気が出る前はご活躍されていたかもしれないけれど、瘴気が出てからはお荷物扱いだったわよね?」
マリスがこてりと首を傾げて上目遣いをする。
私隣に立つヴィクトルからぎりりという歯軋りの音が聞こえてきて、私は半目になった。
「部屋だって離れたところにあるし、戦場には出れない。何故か。皆さん、騎士団長がいつか理性を忘れて自分たちに襲いかかってくるからだ!って思ったからじゃないですか?心配でしたよね?騎士団長が瘴気を吸ったらどうなるか!」
マリスは恐ろしいくらいに目をかっぴらいた。血走った目がぐるぐる回りながら私を見ているように感じ、ゾッとする。
「だから私は試したんです!!!騎士団長が本当に騎士団長として相応しいか!!!私は皆を代弁しただけで、何も悪くない!悪いのは不安にさせた騎士団長なんですよ!!!」
ビッと音が出そうな勢いでマリスがグレイを指差した。
「抜き打ちみたいな形で瘴気を盛ったのは、素の騎士団長を見たかったから!言ったら心構えができてしまうでしょう!?」
マリスの口はまだまだ止まる気配がないが、あまりにも酷いので私はグレイの前に1歩進み出ると、マリスを正面から睨みつけた。




