33. 竜
【グレイ目線】
俺の名はグレイ。
ここコルヴェニアの騎士団長の任を拝命している者だ。
俺は今、騎士団を率いて、瘴気の発生源とされる山を飛行している。
基本的に俺たちは移動する際、魔力を流せば飛び立つこの魔法道具の箒を使って移動する。
現在はこの箒に跨って、竜が出ると言われる山の頂上付近まで来たところだ。
頂上付近は高度があり空気は薄く、辺りは常に霧が立ち込めているため、視界が不明瞭だ。山の頂上付近は草木の姿がなく、あるのは聳え立つ数多のゴツゴツとした岩肌剥き出しの奇岩群のみ。
更に瘴気対策で全員ガスマスクを装着しているし、箒にはそれぞれ竜対策で、ある物を詰んでいて非常に重くなっている。
竜に出会う以前に、箒による事故などがあってはならない。その為全員比較的ゆったりとしたスピードで飛行していた。
「総員、警戒は怠るなよ!奴さん、何処からくるか分からないからな……」
定期的に周りの騎士団員たちに注意を促す。
ここは竜の縄張りで、竜以外の魔物は極端に少ない。
だが肝心の竜が、いつどこから飛び出してきてもおかしくない。奇石の裏など、ここには巨大な竜でも身を隠せる場所が多すぎる。
飛行スピードが落ちている人間など、格好の獲物だろう。
ふと、竜が奇襲をかけてくるのであれば、真っ先に喰らうのは自分であればいいと思った。死ぬつもりはさらさらないが、自分以外の騎士団員がやられてもティアは恐らく悲しむだろうから、どうせなら俺がいい。
俺は全身が毒だし、竜が俺の一部を腹におさめれば、殺すまでは行かないにしろ、大きなダメージは与えられるだろう。それに懐にはティアが用意してくれたポーションがある。
今回の遠征において、ティアは騎士団員1人につきポーション2本というとんでもない量を用意して皆に配ってくれた。
この行為により、間違いなく騎士団の士気は高まった。配る際に、1人1人に「だからって油断は禁物ですよ!命は大事にしてくださいね、応援しています」と声をかけていたのは多少モヤモヤしたが。
ふと眉を寄せた。
脳裏にティアが俺に、「グレイには怪我してほしくありません」とこっそりポーションを1本多く渡してくれたときの姿が浮かんだ。
「どうせグレイは前線で戦うでしょう、怪我はつきものだろうけど、なるっっっべく避けてくださいね!」
そう言って心配そうにしていた。頬を僅かに膨らませた姿が大変愛おしかった。
そうか、そういえばティアは俺が怪我をするのは嫌なんだった。
俺はガスマスクの下で瞬きした。
なら俺は竜には喰われたくないな。
ころりと考え方を変え、素直にそう思った自分に笑う。
数ヶ月前まで、自分の人生に関わってくるような大きな出会いがあるなんて全く予想していなかった。
自分は自分だけで、目的も無く寂しく生き、サッと散るのだろうと思っていた。瘴気が出てからはその散り場所さえ奪われて、自分の存在の意味すら見失いかけていたというのに。
いまや自分はとっとと竜を討伐し、城に帰り、思い切りティアを抱きしめたいと思っている。
ティアは俺に生きる目的も、生きる場所も、全部くれた。ティアに出会えたことが、俺の人生における最大の幸福だろう。
「団長、下を見てください」
ふと俺の隣を飛んでいたギルバートが近づいてきた。
「瘴気が濃くなっています」
俺はギルバートに言われるがまま、下を見た。
瘴気は空気よりも重いらしく、紫色の気体は下の方を這うように蠢いている。
度々白い霧に混じる紫は見ていたが、今や地面の半分以上が紫色で占められている。
「近くに瘴気の発生源があるかもしれません」
「ん?ここ、聖岩の近くか……?」
ちらりと前方に、大きな丸い形をした岩が視界に入った。
聖岩とは、数100年前にこの世界に召喚された聖女の遺した、浄化魔法のかかった岩のことである。
確かに以前からこの聖岩付近が召喚の発生源なのではないかと噂されていたが、どうやら事実だったようだ。
「聖岩付近に一度着陸して調査しよう」
俺は周りに伝えると、聖岩目指して降下を開始した。
その着陸をするために殆どの人が聖岩の方に集中していたタイミングを狙われた。
岩陰からぬっと竜の巨大な首が伸びてきて、俺の斜め下を飛行していた部下の箒の一部と、部下の脚を喰らう。
「ぎゃああああ!!!」
静かだった山頂に部下の悲鳴がこだまする。
「敵襲ー!!!総員配置につけ!!!上昇しろ!!!」
叫びながら箒を上に向け、グングン高度を上げていく。
「誰かポーションを!」
「今飲ませました!」
「よし」
グオアアアアア!
下を見やると、竜が口から煙を吐いて苦しんでいた。
作戦成功だ!ティア
それを見て俺はニヤリと笑った。
「ギルバート!あれを!」
「はい!」
俺が指示を出すと、ギルバートがサッと竜の背中をめがけて飛んでいく。
“あれ”とはティアが今回用意してくれた、対狂暴化魔物用の兵器……ではなく水だ。
少なくとも人にとっては綺麗で健康になる水。ただし瘴気に侵された魔物にとっては身体を痺れさせ動きを鈍らせる毒だ。
水に浄化の魔力付与した“浄水”。
今までこの世界では、浄化の魔力を付与するのは、薬草を煮込んだ物や武器など。ある程度人の手の入ったものに少量付与するのが常識だった。
浄化の魔力は珍しく貴重だったからだ。
しかしティアの膨大な魔力量がその常識をひっくり返すことに成功した。
ティアはただの水に浄化の魔力を付与する実験をし、見事、人は飲み水として利用できる上に、狂暴化する魔物の上にかけると、狂暴化を浄化する作用があることが判明した。
完全に狂暴化を解除するためにはそれなりの量の浄水が必要だが、狂暴化した魔物の動きを止める、あるいは鈍らせるには、少量の浄水のみでも効果アリということが認められた。
今回はティアが大量に用意してくれたその浄水を、騎士団員全員が大きめの容器に入れて、自分たちの箒にくくりつけている。
竜が今苦しんでいるのは、その浄水を口いっぱいに含んでしまったからだろう。
竜が長い首を激しく動かしながらのたうち回る。
俺は上空から4、50メートルはあるだろう、竜の全貌を把握した。
竜は全身を岩肌のような硬そうな赤燐のような色の鱗に覆われていた。その首は長く、太い。そしてその先についている頭は大きく、巨大な、鱗と同じ赤い立派な角が2本生えていた。
竜の手足には長い爪が生えていた。その爪で力強く岩肌を掴みこむのだろう。竜の背中に翼は確認できない。空を飛ぶことはないだろう。尻尾は太く丸っこく短かった。不思議な形をしている。
と、その竜の背中に、ギルバート率いる水部隊が浄水をバシャリと浴びせかけた。
竜は何が起こったか分からず、自身の巨体をゴロゴロと転がし、岩肌に背中を擦り付けながらもがき苦しんだ。
もくもくと竜の背中からも煙があがる。
「第3部隊前へ!……第4部隊!」
ギルバートの号令と共に、数名の騎士たちが竜の上に飛び、浄水を撒く。
竜は苦しんでいる間に次から次へと浄水をかけられ、ビクビクと身体を痙攣させ、暴れ回ることしかできない。
時折火を吐こうとはするが、首が思うように持ち上がらないのか、下の岩肌を炎が滑って行くだけだ。
「ギルバート、やめろ、行く」
短く言い残すと、俺は1人竜に向かって急降下を始めた。
目指す場所は竜の首、だた1箇所のみ。
俺は背中の鞄からティアが用意してくれた剣を取り出した。
当然、この剣にもたっぷりと浄化の魔力が付与してある。
「はぁあああっ!」
竜の首を目掛け、剣を振り下ろす。
硬い竜の鱗はたった1度の剣撃では僅かな傷しかつかない。
だがそんなことは予想済みだ。俺は何度も何度も、竜が体勢を必死で変えても首にしがみつき、剣を振り下ろし続けた。
最初の剣が刃こぼれして使えなくなったので捨てる。
そして俺は新たな武器を背中の鞄から取り出した。
俺の鞄には、まだまだ浄化の魔力がたっぷり付与された武器が仕舞われている。
ティアが俺のために用意してくれた武器たちだ。
首に何度も何度も攻撃を加えていくと、とうとうバキリと音を立ててその鱗が砕けた。中から血の滲んだピンク色の肉が顔をのぞかせる。
ここまできたら、あともう少し。
俺は更に1撃を加えようと、剣を振り上げた。
そこで竜が身体のバランスを崩し、ふらふらと奇石の間を彷徨った。そして聖岩まで来ると、その聖岩に向かって倒れ込んだ。
聖岩も竜の胴体と同じくらい大きくずっしりしているが、流石にその衝撃には耐えられなかったのだろう、ごろりと転がった。
「あ!!?」
俺は驚愕に目を見開いた。
なんとその聖岩のあった場所から、非常に濃い瘴気が一気に溢れ出てきたのだ。
視界がモヤモヤとした紫色に覆われる。
一瞬ビクリと怯んだ。
この瘴気を吸えば、自分も魔物たちのように理性を失い、誰彼構わず襲いかかる怪物になってしまうのではないか。
今まで俺を悩ませてきた恐怖が再び俺を襲う。
ティアと初めて会ったときだってそうだった。ヴィクトルやティアは俺が気を取られていたから怪我をしたと言った。ある者は、俺が俺と同じである狼型をした魔物に同情したから手が出せなかったと言った。両方違う、俺は、魔物が纏う瘴気に触れるのが怖かった。
シュー……シュー……
ハッとして、瘴気に包まれたとき、きつく瞑ってしまった目を開く。
シューという俺の呼吸音は、俺がガスマスクをつけているのだという事実を思い出させてくれた。
ガスマスクに慣れる訓練をやりすぎて、ガスマスクの存在を忘れていた。
突然今までの悩みが馬鹿馬鹿しくなって、俺は大声で笑いながら再び剣を振り上げた。
俺はティアに守られているんだった!
例えどんなに濃い瘴気に晒されてもこれさえあれば、俺はきっと大丈夫。
紫色の世界の中、俺は落ち着いた気持ちで、今までで1番強い力を込めて、剣を振り下ろした。
メキメキと肉が裂ける音がする。
竜が痙攣しながら上を向き……その首がずるりと滑り落ちた。
ズズン
地響きのような音をたてながら、竜の首が地面にぶつかる。
俺は首のない竜をしばらく茫然と眺めていたが、グッと握り拳を作った。
これで、胸を張ってティアの元へ帰れる。
あまりにも大きすぎる竜の咆哮に耳鳴りを起こしていた俺の耳が、近づいてくる騎士たちの歓声を僅かに拾った。
俺は竜の上で立ち上がり、竜の首を斬り落とした剣を上に掲げ、彼らの到着を待った。




