31. マリスの嫌がらせ
皆騎士団の見送りに行っているのだろう、部屋は薄暗く、私以外に人はいなかった。
私はまっすぐ部屋の奥の薬草棚へ向かい、そこからから幾つかの薬草を引っ張り出した。
「えーと、数は合ってるかな……」
1、2、と数え始めた私のすぐ後ろから声がした。
「あなた騎士団長さんと懇意だったの?」
驚きすぎて、思わず身体ごと前に倒れ込む。
「いった……」
「答えなさいよ」
私の後ろに立っていたのは、マリスだった。
「懇意というか、ええと……」
「抱きしめ合ってたじゃない、皆の前ではしたない」
フンとマリスが鼻息を吐いた。
「……それは、すみませんでした。もう少しで騎士団が出発するというのでお別れを、「あなたの作ったガスマスク〜とかいう変な物のせいでね」」
「え?」
「騎士団長さん、あなたみたいなのを抱きしめちゃって、そんなんじゃ実力も疑問に思えてくるってものよね」
話の繋がりが全く分からず、眉を顰める。一体マリスは何を言っているのだ?
「グレイは、強いです。必ず生きて帰ってきます」
「そうかしら?あの人魔物を斬れないって噂あるの知ってる?」
「え?いや……」
「ほら、騎士団長さんって狼になるじゃない?だから少し前に狼型の魔物が出た時に咄嗟に反応が遅れて大怪我をしたのは、相手が同じ狼だから斬れなかったんじゃないかって言うのよ!」
それは違う。
はっきりとわかっている私は、眉をグッと寄せた。
マリスだってヴィクトルにしつこく話を聞かせてくれるようにせがんでいたので知っているはずなのに。
私は反論するために口を開こうとして、やめた。
噂が本当にあるかどうかはさておき、マリスは私を怒らせようとしてワザと煽ってきている。
ここで声を荒げてしまうのは、相手の思う壺だ。
「……マリスがそう思うなら、どうぞ。私は騎士団の皆は無事に帰ってくると思います。ちゃんと、そうできるように計画もたてましたから」
なるべく静かにそう伝えると、私はマリスに背を向けた。
ギリッとマリスが歯を噛む音が聞こえる。
「ねえ知ってる!?」
半ば叫ぶようなマリスの声が私の背中に浴びせられる。
「なんで騎士団長さんの体液が毒って判明したか!?」
思わず、僅かにマリス方を振り向いてしまった。
知らない。
ヴィクトルの話を聞き、てっきり母親の死因により体液が毒だと分かったと思っていた。
あるいは本人の報告か。
「あはっ!」
私の僅かな反応で、私が知らないことをマリスは見抜いたのだろう。
嬉しそうな笑い声を上げる。
「ねえ知らないなら教えてあげましょうか!?あの人はねえ「いいです!」」
私は必死で叫んだ。
マリスがこのように顔を歪めながら、悦に入った表情で伝えてくるということは碌な出来事ではない。
私はどうやってグレイの体液が毒だと分かったかなどどうでもいいし、知ることがあるならば、本人の口から事実を聞きたかった。
「あの人ねえ!小さいころいたずらされたんだって!」
マリスが絶叫した。
「それでいたずらした人を殺しちゃったんだって!毒で!触ったところが溶けたって!ほら〜騎士団長さんって顔だけはいいじゃな……ぎゃあ!」
私は気がつけばマリスを突き飛ばしていた。
マリスが尻もちをついてすっ転ぶ。
その頭が薬草の棚に打ち付けられた。
マリスの上に棚に積んであった幾つかの書類の束がバサバサと落ちる。
マリスは立ちあがろうともがいたが、変なところに力が入ったのだろう、靴の高いヒールがボキリと折れて、再びバランスを崩して倒れ込んだ。
「何すんのよ!!!」
ボサボサになった髪を振り乱しながら、マリスが金切り声で叫んだ。
「こんなことしていいと思ってるわけ!?上司に向かって!どうかしてるわ!許さないわよ!!!」
「人の過去を勝手にベラベラ言いふらすあなたの方がどうかしてますよ!!!」
私も負けじとマリスに向かって叫んだ。
「私は謝りません!それだけのことをマリスさんはしたと思います!」
私個人に関する嫌がらせならまだ耐えられたのだが、他人を貶めることを嫌がらせとして使ってくるのは流石にやりすぎだと思う。
私だって、怒ると疲れるので流してきただけで、ずっとマリスに腹は立っているのだ。今回のことで、その溜まっていた鬱憤が爆発してしまった。
気持ち的には、あと何発か往復ビンタをしたいくらいだ。
「片付け、お願いしますね!」
私はマリスにそう吐き捨てると、仕事に戻ろうと踵を返す。
「なによ……なによ!ぽっとでのあんたばっかり!聖女だなんだと特別扱いされちゃって!ヴィクトルも騎士団長も奪うつもりなの!?」
呆れてものが言えないとはこういう時のための言葉なのだろう。
私はマリスの方には振り向かず、目だけを天井に向けた。
私は特別扱いされていたのだろうか?特別大量に仕事を回されていただけな気がするが。
それにヴィクトルだって、確かにとてもよくしてもらっている。だがお互い恋愛感情はないし、部屋の位置関係だって、私の身元引受人がヴィクトルだっただけだ。
それだって私が決めたわけではなく、ヴィクトルの好意だ。
グレイに関しては……もう放っておいてほしいというのが正直なとことだ。私がグレイとどのような関係を築こうと、マリスには全く関係ないじゃないか。
私が黙って立ち去ろうとしていることに気づいたマリスは、ぼろぼろの状態のまま立ち上がった。
「ちょっと!どこ行くのよ!逃げるつもり!?この売女!」
私の顔の横スレスレをビーカーが飛んでいった。
そのまま飛んでいき、床に当たってパリンと割れる。
「なっ、危ないじゃないですか!」
「でてけ!魔術研究所から出てけ!」
聞く耳を持たないマリスは次から次へと、手当たり次第に物をなげてきた。
「やめて下さい!危ないし、壊した物、どうするつもりなんですか!」
「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」
身の危険を感じ、屈んで物に隠れながら移動する。
一方マリスは、見失った私に物を当てようと、血走った目をぎらつかせて周囲を見ている。
「出てきなさいよ!ああ分かったわ、後ろめたいから出て来れないんでしょ!そうでしょ!」
いやあなたが物を投げてくるからだよ〜!
一周回って冷静になってきた私はそっとため息をついた。
こうなってしまったら、誰かが来るまでマリスは止まらないだろう。
早く誰か来てくれないかな、と思った瞬間、マリスの感高い悲鳴が聞こえた。
「何見てんのよっ!!!」
誰かに向かってマリスが金切り声で叫んでいる。
誰か来たらマリスは大人しくなると思っていたが、追い払ったのだろうか、来た人に怪我はないだろうか。
こそりと隠れている場所から顔を覗かせる。
マリスが話しているのは、人ではなかった。
実験用に、生捕りにされている魔物たちだ。棚の上にケージが所狭しと並べられている。
彼らこそ理性がないので、常に歯茎を丸出しにしてこちらを傷付けようと虎視眈々と狙っているのだが、その視線がマリスの癪に触ったらしい。
「気持ちの悪い生き物ね!捕まって言い様!あはははは」
マリスがバシリと、ペンを魔物たちのケージに投げた。
途端に魔物のケージ内が一気に騒がしくなる。
ギャァッギャァッギィギィ
ネズミや猿の型の魔物たちが一気にそれぞれのケージ内で暴れ回る。
「どうせ出れないわよ無様ね、バーカ!」
マリスは子供のように魔物を煽り、魔物たちはそれにつられヒートアップしていく。
とうとうガタガタガタ!と魔物のケージが倒れ、1番上のケージがぐらりとバランスを崩す。
ケージは地面に落下すると、バキリと割れた。
「きゃああああ!」
マリスが大きな叫び声をあげた。
割れたケージの中から大きさ3、40cmくらいのリス猿型の魔物がのそりと這い出てきた。
身体の周りから紫色のオーラが出ている。瘴気に侵されて狂暴化している個体だ。
キィイイイ!
その魔物は歯を剥き出しにして雄叫びをあげると、マリスに襲いかかった。
「〜〜ッなんでっ!」
気がついたら私は隠れていた場所から飛び出して、魔物と対峙していた。
マリスしか見ていなかった魔物がマリスにもう少しで着地する、という時に横から押して壁に叩きつける。
ギャッ!
魔物が短く叫び、こちらをギロリと睨んだ。
「マリス、無事「いいわよティア!そのまま注意を引いてなさい!」」
マリスはそう言い残すと、バタバタと走り去っていく。
「え!?ちょ、まっ……」
そんな言葉でマリスが待つはずもなく……私は魔物と1対1で向き合っている状態で部屋に1人取り残された。




