30. 出立
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グレイのことで頭がいっぱいなこの状況で、明日からどうやって仕事をしよう……!という私の心配は、見事に無駄なものだった。
というのも、仕事が忙しすぎて、それ以外のことを考える余裕がないのだ。
まずポーションと武器の量産。これにガスマスクの量産も始まった。そしてその他色々……細かく挙げていけばキリがないのだが、この全部に私の魔力が必要になる。
え!?コルヴェニア……私に頼りすぎ!?
時々正気に戻りかけるが、手元にはまたすぐに別の仕事がやってくる。
ヴィクトルが言うには、瘴気の発生源さえ潰せたら、忙しくなくなる!むしろ仕事がなくなる!とのことなのだが……。
グッと目の前のガスマスクに浄化の魔力を込める。
武器やガスマスクに浄化の魔力を付与しても、しばらく時間が経つと、魔力が抜け出てしまうので、定期的にメンテナンスしなければならない。
どれくらいで魔力が抜けるのか、置かれた環境に影響はあるのか、などはまだまだヴィクトルと研究中だ。
浄化の魔力を込め終えると、机の上に置かれた、既に魔力付与済みのガスマスクやら武器やらが詰まった箱の中に、そのガスマスクも詰め込む。
私はそれを持ち上げ、部屋の外へ出た。
この箱はずっしり重いので、最初の方は1往復しただけでヘロヘロになっていたが、もう慣れた。私の力こぶも、人様に見せても恥ずかしくないくらいに育ってきている気がする。
「ほっ……と、よいしょ!」
おじさんらしい掛け声は許してほしい。
カチャカチャいわせながら、私は箱を持って騎士団の訓練場の方へと向かう。
暗い廊下を出て、明るい外廊下へ出る。
訓練場の方を見ると、今日も相変わらずグレイたちが訓練をしていた。
……ガスマスクをつけて。
明るい日差しが燦々と降り注ぐ中、剣を打ち合うガスマスク装備の男たち。
うーん自分で渡しておいてなんだけど、なかなか見ない光景〜!
私はつい苦笑いしてしまった。
「ティアさん」
「あ、ギルバートさん」
ギルバートの声を発するガスマスク男が駆け寄ってきた。
「魔力付与お疲れ様です!いつもありがとうございます」
「いえいえ、どうですか?ガスマスクの調子は」
「この独特の視界の狭さにも慣れてきました。おかげさまで、騎士達の気配察知能力が上がっていってるので、助かっていますよ」
「本当ですか!それはすごい。特に問題なさそうで良かったです!でも何かあればすぐにおっしゃってくださいね」
「はい」
ギルバートに箱を渡す。
するとガスマスクのギルバートの後ろから、狼耳のついたガスマスクがニュッと生えた。
「グレイ!」
「ティア」
あの情報過多な夜以来、お互い忙しすぎて、2人きりでは会っていない。しかし、働いていると、こうしてよく顔は合わせるようになっていた。
ガスマスクに慣れるために、グレイが部屋よりも訓練場に顔を出すようになったからだろう。
臆病な私は、2人きりだとまた気まずくなってしまう気がするので、今はこうして誰かがいる前で会うくらいが、丁度いい気がしていた。
「こんにちは」
「……」
挨拶をしてもグレイはじっとしている。
「グレイ?わっ」
どうしたのだろう?と顔を覗き込もうとしたら、そのまま抱きしめられる。
私はハッと息を飲んで目を見開いた。
「だだだだだ団長!!?」
私よりギルバートの方が驚きすぎて、顔がすごいことになっている。
「グレイ?どうしたの?」
「…………」
問いかけても返事が返ってこない。ただただ肩に頭を埋められている。
ギルバートの声が訓練場に響き渡ってしまったからであろう、今やギルバートだけではない、周りの騎士たちからの目線もひしひしと感じる。
私の顔が恥ずかしさにどんどん熱くなってきた。
そっとグレイに「ガスマスク、肩に当たってちょっとだけ痛いかも……」と言ったらグレイは力を緩めてくれた。
「……先程ヴィクトルから話があった」
「え?」
ガスマスク越しに目が合った。身体はまだ密着したままだ。
「全ての準備整ったと。あと数時間で竜を討伐しに出発しようと思う」
「今日!?そんな……早すぎませんか?明日の朝でも……」
グレイは静かに首を振った。
「瘴気は今も刻一刻と広まり続けている。早めに発生源を突き止めなければ」
私がグ、と顔を歪ませると、グレイが私の頭を優しく撫でた。
「心配するな。必ず生きて帰ってくると誓おう」
「絶対ですよ」
念を押すと、フッと笑われる。そして小声で呟かれた。
「ああ、好きな人を悲しませるのは本意ではないのでな」
今度こそ私の顔から火が出るかと思った。
耳を押さえ、グレイの方をじとりと見る。この真っ赤な顔ではあまり威力はないだろうが、抗議を示す顔である。
グレイがまた優しくフッと笑った。
ずるい、と思った。グレイの表情はガスマスクの下に隠されており、よく見えない。
「無事に帰ってきたらそのガスマスクひん剥いて差し上げますからね!」
「ハハハ、楽しみにしている」
そう言うとグレイは私からスッと離れ、1歩離れたところで立ち止まった。
深く息を吸い……
「ティア、君のおかげで万全の状態で竜を狩りに行ける。騎士団を代表して、私、グレイから最大の賞賛と感謝を。ありがとう」
大きな声で礼を言うと、頭を下げた。
訓練場の手を止めてこちらの様子を伺っていた騎士たちが一斉に気をつけをしたあと、グレイと同じように頭を下げた。
「……!皆さん、絶対に生きて帰ってきてくださいね!ご武運をお祈りしております!」
私大きな声で騎士たちに伝えると、ガバリと頭を下げた。
拍手が巻き起こり、訓練場を包んだ。
「1人につきポーション2本持たせてくれんだろ〜?大丈夫だよ〜」
「いよっティアさま!」
「今度俺の武器にも魔力付与してくれ〜!」
「団長とはどういうご関係ですか!?」
わいわい様々なヤジが飛ぶ。
最後のヤジにだけグレイが「おい今の誰だ」と耳をピンと立てていたのが面白くて笑う。
「グレイ」
「ん?」
今度は私からギュッと抱きしめた。
「いってらっしゃい」
そして数時間後、本当に騎士団は竜を討伐しに、箒に跨って空を飛んでいった。
城の外廊下から、大勢の人と共に、空の彼方へと飛んでいき、どんどん小さくなっていく箒の集団を見送る。
寂しさに私は一度鼻を啜ったが、両頬をバチリと叩いて気合いを入れ直す。
「いつグレイたちが帰って来ていいように、いつもより頑張って仕事し続けなきゃ!」
そして私は、まだまだ外廊下の群がり続ける人混みを避け、サッと自分の魔術研究所の部屋へと足を進めたのだった。




