28. ガスマスク
大勢の怪我人が運ばれてきた日の夜。
あのあと足りない分のポーションを作り、飲ませ、という医療行為は深夜をすぎてまで続けられた。
しかし皆の協力の甲斐あって、先程ようやく最後の1人にポーションを提供し終えた。
まだまだ怪我人はいるし、今回のことでポーションんpストックが切れてしまったので、今まで以上にポーション作りに励まなければいけないことは確定だが、ひとまずの波を無事に乗り越えられたことによる安堵感が、魔術研究所に満ちていた。
魔術研究所の面々が座って休む中、ヴィクトルが「注目!」と鋭い声をあげた。
「みんな、忙しく中迅速な対応ありがとう。おかげさまで戻ってこられた重傷者には全員ポーションを行き渡らせることができた」
“戻ってこられた重傷者”というフレーズに引っ掛かりを覚えたが、ヴィクトルの言葉に耳を傾け続ける。
「今回、騎士団は瘴気の発生源を捜索中、瘴気により狂暴化した竜と遭遇したらしい」
私の隣にいたリリーが勢いよく口を手で覆った。
「そんな……!」
「元々瘴気の発生源は竜の棲家に近いと考えられていたのは確かだが……その予想が嫌なことに、当たった形になる。ただでさえ最強種と呼ばれている竜から、理性を取り払われた怪物が、瘴気の発生源周辺を跋扈しているという訳だ」
「ということは、竜は倒されたんじゃないんですか……?」
リリーが恐る恐る聞くと、ヴィクトルは重々しく頷いた。
「今回部隊を率いていた副騎士団長ギルバートによると、竜は騎士団を認識するやいなや、口から大量の火を吐いて襲ってきたそうだ。……最初の1手で騎士団は崩れ落ち、死者や怪我人も多く、逃げ帰るので精一杯だったと聞いた」
ヴィクトルは首を振った。
「竜と遭遇して、これだけの怪我人を帰城させられたこと自体が奇跡に近い。流石ギルバート副騎士団長だよ」
ヴィクトルの言葉に、シンとした静寂が続いた。
皆なんと言えばいいかわからないのだろう。
どの顔も青ざめ、この先一体どうなってしまうのかという不安をありありと示していた。
「明日からやることは今まで以上に山積みだ!けど今夜は全員お疲れだと思う。だから、こういう時こそゆっくり寝て、次の日に備えてきて欲しい。今日は本当にお疲れ様だった」
ヴィクトルが頭を深く下げ、自分の荷物をまとめ始めた。
「あと数分で消灯する、全員急いで帰る準備を」
ヴィクトルの言葉に、呆然としていた魔術研究所の面々は慌てて手を動かし始めた。流石ヴィクトルだ。
私も自分の荷物をまとめ、そして追加である物を鞄に仕舞い込む。
私は自室には帰らずに、今からグレイの部屋に行くつもりだった。
――――――
午前2時を過ぎても私の予想通り、グレイの部屋には明かりが灯っていた。
恐らく自責の念でまだ仕事をすることにより自分を追い込んでいるのだろう。
既に来慣れた部屋のドアをトントンと軽くノックする。すると中からグレイの疲れ切った「どうぞ」という声が聞こえてきた。ギィとドアを開き、中に入る。
「……ティア」
机に向って座っている状態で出迎えたグレイが、恨めしそうな目でこちらを見てきた。
「今日は来ないと思っていた。……昼は……すまなかった。変なところを見せてしまった」
私は肩をすくめると、なるべくいつも通りに振る舞いながらグレイに近づいた。
「責任感の強いグレイならまだ起きてるだろうなって思って」
昼に私にとってしまった態度を覚えており、気まずいのだろう。いつもならすぐに席を立って近づいてくるグレイは、座ったまま横を向き、こちらと目を合わせようとしない。
「すまないが、今日は……」
「今日はある物を届けにきただけです」
私はグレイの机の上に、魔術研究所から持ってきたある物を置いた。
「……これは?」
「これは、ガスマスクというものです」
正確に言えば、これは地球に普及しているガスマスクに形が似ているだけの代物で、細かい場所の作りは殆ど違う。
そもそも私はこの世界に召喚されたとき、ガスマスクの仔細な構造なんて知らないし、見た目から大まかなアイディアをもらっただけだ。
このガスマスクこそが、私がグレイに瘴気により戦場に行けない悔しさを吐露された日から考えて作り始め、日々実験と改良を重ねてきたものであった。
「これつけることによって、グレイは瘴気ある場所で戦えるようになります」
私の言葉にグレイが目を見開いた。
ガスマスクをじっと眺めたあと、私の方に視線向ける。
「……これは、顔につけて使うものです。素材全てに私の浄化の魔力を流してあって、瘴気もこの特殊な通気口を通ることによって浄化されるの」
私はガスマスクをくるくる回しながら丁寧に説明していく。
「これはヴィクトルも手伝ってくれたんだ。私が話したら、忙しいのにすぐ了承してくれて……グレイいいお父さん持ったね。ヴィクトルの協力で、このガスマスクが濃い瘴気の中でもしっかり機能することがわかってるから、安心して。ただ、外れないようにしっかり締めて、あと視界も有りと無しじゃ雲泥の差で視界も大分狭まるから、実戦に投入する前に慣れるまでつけてもらって、「ティア」……うん?」
ガスマスクを見ながら一生懸命説明していると、グレイが私の言葉を遮った。
グレイの方を見ると、どこか思い詰めたような表情で私の方を見ている。
「あの……っ」
グレイがグッと立ち上がり、前に身を乗り出した。
私がグレイの大きな身体に思わずビクリと反応すると、グレイは数秒固まってから、ドサリと倒れるように、再び椅子に座る。
「…………ありがとう…………!」
絞り出すような、小さな声だった。グレイがパッと横を向く。目をじっと閉じているが、瞼に力を入れないようにしているので、もしかしたら泣くのを我慢しているのかもしれない。
私はにっこり笑った。そんなに喜んでもらえたら、嬉しいな、仕方ないな、とグレイに対する愛おしさが溢れでてくる。
本当は渡したくなかったんだけどな。
私はスンッと1度鼻を啜ると、グレイの方を見て仁王立ちになる。
「どういたしまして。けど!残念ながら、これを渡すには幾つか条件があります!」
「ッ、なんだ?」
途端に涙が引っ込んだらしいグレイが焦りながらこちらを見てきた。耳が聞きたいのか聞きたくないのか迷ってるのだろう、ぴこぴこ前後に動きながら持ち主の不安を表現してくれている。なんて可愛いんだ、食べちゃいたいね!
私はふうと深くため息をついて、3本、指を上げた。
「まず、さっきも言った通り視界や息苦しさなど、つけることにより様々な不便があります。絶対に練習して慣れてから!戦場に行くこと」
グレイが頷いた。
「その2!今日の1件で圧倒的にポーション不足です!なのですぐに魔物退治とかに出発したりしないこと!ちゃんと魔術研究所と連携して、ゴーサインが出てからの出発をお願いします」
これにはグレイの耳が後ろにピクリと下がった。
「はやる気持ちはわかりますが……ダメですよ?」
私がじとりとグレイを見やると、グレイは何度かこくこくと素早く頷き、手をあげた。
「行かない、誓う」
「よろしい」
なんだか先生になった気分で、腕を組んで頷いてしまった。私も大分グレイに慣れてきたこともあり、深夜テンションによる無礼講というやつだ。許してもらいたい。
「そして最後に。これが1番大事です」
グレイがゴクリと唾を飲んだ。
「必ず、生きて帰ってきてください」
グレイの目が大きく見開かれた。
「いいですか、グレイが死んだりなんかしたら、私はこのガスマスクを作ったことを一生……「ティア」」
またグレイが私を遮ってきた。
眉を顰めてグレイの方を見る。
グレイは大男に似合わぬ、おどおどといった効果音がつきそうな弱々しさで立ち上がった。
そして私の方に数歩近寄る。
「ティア、君を抱きしめてもいいだろうか」




