27. 怪我人
グレイの部屋に定期的に通うようになってから、私の生活は非常に豊かなものになった。何かが劇的に変わった訳ではないが、以前より世界が鮮やかに見えるのだ。
やはり人生に必要なのはモフモフである。
相変わらず頭を少し撫でさせてもらうだけではあるのだが、それがとんでもない幸福感を生み出すのである。
一体全体、グレイに会う前私が、どうやってモフモフのない乾燥し切った世界に耐えていたのか。もう思い出せないくらいだ。
マリスの嫌がらせは相変わらずだが、(でも夜になればグレイと会えるしな)と思えば、可愛いもののように思えてきた。マリスはそんな私の余裕を感じ取っているらしく、憎々しげな表情を向けてきている。しかし私は嫌がらせでふられた仕事はきちんとこなしているし、これ以上の嫌がらせをするのは難しいだろうと思って、楽観視している。
流石のマリスも、バレたらヴィクトルに嫌われる可能性があるため、派手な嫌がらせはできないからだ。
ポーションを作り、武器に浄化の魔力を付与し、マリスの仕事と終わらせ、etc、etc……。
時々ヴィクトルと瘴気に関する実験などもしながら忙しなく日々を過ごしていたら、初めてグレイ狼姿を見てから数ヶ月が経っていた。忙しくはあれど、城内は比較的平和だった。
しかし、瘴気は一時も休むことなく、ジワリジワリと広がり続けている。
まやかしの平和な日々が崩れるのはあっという間だった。
ある日の午後、武器に魔力付与をしている私の部屋に、汗だくのヴィクトルが駆け込んできた。
「山に行っていた騎士団が帰ってきた!怪我人多数。ポーション持って訓練場に今すぐ向かって!」
ヴィクトルの言葉を聞くなり、私はポーションが詰められた鞄を背負い、手にはポーションの入ったバスケットを抱え、部屋を勢いよく飛び出した。
――――――
広い訓練場には、広範囲に渡って負傷した騎士たちが寝かされていた。
一目見ただけで、ポーションの数が足りないことを悟る。
「重傷者からポーションを飲ませていきます」
宣言すると、まだ動ける騎士たちが命に関わる度合いに基づいて事前に色分けしてくれているタグを見ながら、必要な人にポーションを飲ませていく。
火事でもあったのだろうか?
怪我人の大半は、酷いやけどを身体のどこかに負っている。
事情を今すぐ聞きたい気持ちをグッとおさえ、ポーションを騎士達に飲ませていく。
1人また1人と処置し終え、次の騎士の元へ向かう。
「酷い……」
そこにいたのは顔の目の部分が焼け爛れている騎士だった。目が見えていないので、「今からポーション飲ませますよーいいですねー」と大きな声で伝えながら彼の口を触る。
そこにポーションを入れようとした瞬間、騎士が「ヒイッ」と息をのんだ。
「りゅ、竜が……!竜だ……!竜がくるぞ……!」
うわごとのように竜、竜、と繰り返し、見えていないのに、その騎士は警戒するようにキョロキョロと顔を左右に振った。
私は彼の顎を押さえると、グッとポーションを流し込む。
「うっ、う、ぐ」
呻きながらも騎士はポーションを飲んだ。とたん、煙を上げて騎士の目玉が、瞼が、頭皮が、再生していく。
地球なら彼は一生光を見ることはなかった、そもそも生き続けることができたかも怪しい状況だったというのに、目の前ではあっという間に全快に近い状態まで回復した騎士が、信じられないように自分の両手を見つめていた。
本当に、この世界のポーションってありがたくも恐ろしい。
「もう大丈夫ですからねー。回復したからといってすぐには動かず、指示があるまで安静にしていてください」
まだ呆然自失状態の騎士の背中を落ち着かせるために数度さすると、私は次の騎士の元へ向かった。
しばらく一心不乱に訓練場を駆け回り、怪我人の対応をしていく。そしてようやく少し落ち着いたといえる頃、その声は聞こえた。
「あなたさえいてくれればこんなことにはならなかったのに……!」
身体の奥から絞り出したかのような、悲痛な声だった。
つい辺りを見回してしまい、声を発生源を探してしまう。
「あ、ギルバート、と、グレイ?」
声の持ち主はギルバートのようだ。
久しぶりにその姿を見た。恐らく瘴気の発生する理由を探るべく山の方へ派遣されていたのだろう。
ギルバートは片目と片腕を包帯でぐるぐる巻きにされていた。その包帯に付けられた治療の優先度を示すタグの色は、上から2番目。
最優先ではないが、そろそろ治療に当たらなければいけないだろう。
周りを見渡したが、他の魔術研究所の者は、そもそもギルバートたちに近づきたくないらしく、見て見ぬ振りを撤退している。
今も、1人の魔術研究所職員が、ギルバートをスルーし、その奥にいた、優先度がギルバートと同じ人の元へ走っていった。
「う……」
ギルバートが包帯を巻いている方の目を押さえて呻き声をあげた。相当辛いのが見て取れる。
私は意を決して、手持ちのポーションの残数を確認し、ギルバートの方へ駆けだした。
「ギルバートさん、とりあえずポーションを……」
言いかけたとき、唸るようなグレイの言葉が耳に入った。
「俺だって、好きで城に残って居るわけじゃない……!」
「グレイ……」
グレイは初めて私の存在に気づいたみたいで、ハッと顔を上げると、気まずそうに表情を歪め、挨拶もせずに小走りで立ち去った。よほど精神的に余裕がないのだろう。
私は腕でギルバートのことを支えながら、どんどん遠くなるグレイの後ろ姿を見守ることしかできなかった。
自分にはどうしようもできない体質のせいで苦しんでいる、その大きいけど小さなグレイの背中を見ながら、私は、次時間ができたら、ある物をグレイの部屋に持って行く覚悟を決めた。




