26. 2回目のグレイ訪問2
「触りますね」
「ああ……ッ」
耳に触れると、グレイがピクリと反応した。
耳は狼のときと同じ触り心地だった。優しく手のひらで包み込んでから、付け根辺りをそっと揉む。
グレイは最初こそ身体をこわばらせていたが、すぐに「フ」と短く息を吐き出すと、全身に入っていた力を抜いた。
「……案外、耳は触られても平気なものだな」
「引っ張ってるわけではないですしね。それに耳には結構神経が通っていたりするので、こうやって凝りをほぐしてあげるだけで大分変わってくると思いますよ」
「そうなのか……」
グレイは僅かに目を開けたが、再びゆっくり閉じた。
「人に触られたのは、久しぶりだ」
グレイにとっては何気ない呟きだったのだろうが、私は目を見開いた。
グレイの体液は毒だし、私みたいに、こうやってなんの気兼ねもなく触れられる人は、きっと珍しい。いや、珍しいどころか、母親が命を奪われた事実を鑑みると、私くらいなのかもしれない。
そしてグレイが私に触らせてくれているのも、人との接触に飢えているからなのだろう。
……グレイは、6歳で保護されて以来、誰にも触れずに、誰からも触れられずに過ごしてきたのだろうか?
私は突然、この1人で頑張っている孤独な人を、もっと触りたくなった。
「グレイ、頭も触っていいですか?」
「ん?ああ」
そっと狼耳からそのまま後頭部の髪へ流れるように手を動かす。
いい子、いい子。
撫でているのは自分より年上のガタイのいい男なのだが、グレイは妙に庇護欲というのか、母性というのか。をくすぐってくる男だ。
今も、グレイは無意識にだろうが、頭を僅かに私の手に押し付けてきた。狼の時と同じ動きをしてるな、とくすりと笑う。
あ〜なんだか変な性癖扉を開いちゃいそうじゃないか?私大丈夫?
グレイを癒せている、という、えもいわれぬ満足感を感じている自分を発見してしまい、顔が赤くなる。
グレイの方を見たら、完全に私に身体を預けてくったりしていた。その顔は満足げに紅潮しており、尻尾はゆらゆら揺れている。
今にも寝てしまいそうだ。
すさまじいα波に当てられ、私は落ちてきた瞼を必死にあげようと首を振った。
「……ありがとうございます!沢山触らせてもらいました」
これ以上はいけない気がして、パッと手を離す。
グレイはハッとして身体を震わせた。
「ん……」
グレイの方も、軽く首を振り、短く息を吐いた。
「もう……いいのか?」
じっと私の方を見る視線の中に、引き留めるような色が混ざっているのは気のせいではないはずだ。
だが同じように、少し色めいた視線も混ざっている。グレイのように素敵な人から“そういう対象”として見られるのは非常に光栄なことではあるが、私は生まれてこのかた浮ついた話など一切なかった女である。たまたま触れたのが私というだけで、その気持ちはまやかしだろう。これ以上誤解されても、グレイにとっては一時の気の迷いだし、私にとっては惨めな気持ちになるだけの悲劇である。
「はい、触らせてくれてありがとうございます。素敵なお耳でした」
グレイの、ペタリと後頭部にくっついてしまっている狼耳を盗み見る。
こういうとき、感情をはっきり体現してしまう獣耳や尻尾が自分についていなくて助かったな、と思う。
もしついていたら、私の耳もペッタリ後頭部に張りついていただろう。
私は部屋に来る時に私が持ってきたバスケットからポーションの瓶を1本取った。
「グレイ、お疲れのようですし、ポーションを飲んだらどうですか?」
「いや、貴重なものだ。怪我もしていないのに……」
グレイは首を振ったが、それでも私はグレイに瓶を押し付けた。
「疲労回復にもなるんだそうですよ?」
言いながら、私は自分のポケットの中から同じポーションが入った瓶を取り出してグレイに振って見せた。
「予備用に1本持ってるので、本当にお気になさらず……あ」
グレイは私がポケットの中から取り出した方を私の手からするりと取ると、そのまま蓋を開けクッと飲み干した。
「こっちでいい。ありがとう」
いや、私が持ってたからといって、ポーションの濃度が違うなどということはなく、瓶の中身は等しく同じなんだけどな?
私は仕方ないなあと肩をすくめると、バスケットの中に瓶を戻した。
「明日またポーションの残りの半分を持ってきますね」
「わかった。ありがとう」
グレイが頭を軽く下げた。その顔は私が最初にこの部屋に足を踏み入れたときよりも健康的な色をしている。早速ポーションが効いたのだろう。
「グレイ、いくらポーション飲んだからって無理はダメですからね?夜はしっかり寝てくださいね」
グレイはこくりと頷いた。
「ああ。ティアも、ゆっくり休んで」
私が部屋をあとにしようとすると、「なあ」とグレイに呼び止められる。
「はい?」
「…………ええと」
「?」
グレイが少し迷ったあと、そっと片手を上げた。
「俺も、ティアを少し触ってもいいだろうか」
「え?」
予想外の要求にやや面食らう。しかし、グレイが人に触れていなかった事実をまた思い出し、慌てて「もちろん」と頷く。
するとグレイの大きな手がスッと伸びてきて、私の頭をポンと撫でた。
「な……」
「…………」
グレイは特に何も言わないまま、興味深そうに私の頭を数回優しく撫でると、手を下ろした。
「ありがとう、おやすみなさい」
グレイは満足げにうっそり笑った。
私は真っ赤になってしまった顔を隠すために、足早にグレイ部屋から撤退した。




