22. ナデナデ
「確かに言った、それで君は俺と話がしたいと……!」
グレイが怯えた表情でこちらを見てくる。
「はい。私はグレイと仲良くなりたかったんです、だからお話を。でも」
私はスッと正座でグレイ前に座ると、ガバリと前のめりに倒れた。いわゆる土下座である。
「お願いします!私!どうっっっしてもグレイのお耳に触りたかったんです!そして今こんな姿を見てしまったとなっては、もう耐えられる気がしません!どうか!どうか!1撫ででもいいので!背中あたりとか!そっと触るので!どうか人の姿に戻る前に、グレイを1回撫でさせてもらえないでしょうか!?」
「………………」
「………………」
「………………」
グレイの部屋の中に、痛いくらいの静寂が落ちた。
いや、私の心臓だけはバクバクとうるさいくらいに激しく脈打っているのが聞こえる。頭に血が昇り、顔は真っ赤だし汗は後から後から吹き出してくる。もう何が何だかうまく考えられない。いや、うまく考えられないのは狼姿のグレイを見た時からか。
ああ、これを断られてしまったらきっと私は抜け殻のようになるんだろうな、と思い、私は早速自分の行動を後悔し始めた。動物が好きな気持ちが前に出過ぎて衝突事故を起こしてしまったかもしれない。
そりゃよく知りもしない女に、こんな必死に撫でさせて欲しいと懇願されたら、グレイじゃなくても誰でも引くだろう。
「分かった」
「そうですよね、ダメですよn、え!?」
私は弾かれたように顔をあげ、目の前のグレイを見つめた。
グレイはやや斜め後ろ寄りの横に顔を曲げて話しており、その表情は見えなかった。
「い、いいんですか……!?」
「……君には騎士団は助けられてばかりだからな。撫でたいと言われたり、なんか褒められたり……後半はよく分からなかったが、したのは初めてで戸惑うことも多いが、撫でるくらいなら構わない。毒もつかないだろうしな」
「う……!アッ!?」
今更脳内に、これって私、グレイのこと脅しちゃった?とか、もしかして援助交際?強制わいせつ罪!?いやいや……撫でるだけだし!、やらしいことなんもないし!と色々な思考がぐるぐる渦巻いていく。
「おい、撫でるなら早くしろ」
「はいっ!失礼しま〜す」
ガバリと条件反射のように立ち上がる。
私が悩んでる間に、グレイは机の横に置いてある大きめのソファの上に伏せの状態で待っていた。
あ、あぁ〜据え膳〜!
あまりにも魅惑的なその身体の毛並みにクラクラする。
もし今いるのがドッグカフェなら、絶対そばに寄って「君最高の身体してるね〜手入れされてる〜良かったでしゅね〜モフモフだねえ〜」とかって話しかけて背中とかお腹に顔面埋めてるよ!!!
私はここだとそれができないことに、脳内でブワリと泣いた。
いや、実際にちょっと泣いていたかもしれない。情け無い顔を晒しながら私は目元を腕で拭った。
「あ、ぐ、グレイは人に撫でられたりとか、そういう経験は?」
「……あるわけないだろう。他人になんて……」
グレイはクッと眉間に皺を寄せた。
「君こそ、俺の体液は毒だぞ。恐ろしいとは思わないのか?」
フンとグレイが鼻から短く息を吐いた。
「もしグレイを触って死んじゃったら、私はそれでもいいです」
モフモフに勝るものナシ!とやや血走った目で私はにこりとグレイに笑いかけた。
「いや、死ぬな、死んでもらっちゃ困る。……ハァッやっぱり俺がおかしくなってたんだ、人に自分のこと撫でさすなんて……初めて撫でたいなんて言われたから……」
死んでもらっちゃ困る、の後の言葉は、グレイは自分に言い聞かせるようにボソボソと呟いた。その顔が耳まで赤くなっていたのを、私は目にしっかりとおさめ……
「ティア、やはり安全面を考えるとこれはやめたほうが」
「えい」
「なっ!!?」
グレイの首辺りのモフモフを撫でた。
「わぁ〜最高〜!すごい、グレイの毛、とっても繊細なんですね、ふわふわ度が段違い!」
「何して、人の話を……!」
「聞いてくださいグレイ。イヌ科の生き物って汗腺が殆どないそうなんです。汗はかくけど、人と比べたら微弱なものです。それに私は人の何倍も浄化の魔力を持っている人間です」
「は……?」
困惑した顔でこちらを眺めてくるグレイに、ニコリと微笑む。グレイの背中に頬を軽く乗せながら、ふわふわの頭に手を這わせ、クニュリと耳の付け根を揉んだ。
「……ッ」
グレイがぴくりと目を細めた。
「私が触らなくて、一体誰が触るっていうんですかっていう話です!」
「ッあ」
耳周りを丁寧に揉んでいく。グレイの表情が蕩け、気持ち良くなってくれているのが分かる。
後頭部の首の付け根辺りも揉んであげると、無意識にだろう、グレイが自分からもっと、とでもいうように首を押し付けてきた。
「〜〜〜ッもう我慢できない〜!!!」
「!?」
私は叫ぶと、ガバリとグレイの毛が密集している首を抱きしめた。グレイの顔が私の胸の中に埋まる。
「なっなっ……!」
「ああ〜ごめんなさい、すぐ、すぐやめるのでちょっとだけ……!」
グレイの頭頂部に頬擦りして、鼻に当たっている耳の匂いを嗅ぐ。離れ難くて、最後にもう一度グッと優しく力を入れて抱きしめたて深呼吸したあと、そっとグレイから離れた。
目を閉じて享受したモフモフ癒しパワーを噛み締める。
久しぶりのモフモフ、しかも人生で1番大きなモフモフ、さらにさらに理性があるので噛んだりしないと分かっている子!最高である!!!!!
最後のはちょっとやりすぎちゃったから反省しないとだけど……。
「……ありがとうございました!!!」
意を決して目を開けて、グレイの方を見る。
グレイは嵐にあったあとのようなボサボサ具合であった。その顔は見るからに困惑していて、少し赤い気がする。
グレイは視線を左右にウロウロ彷徨わせたあと、ようやく口を開いた。
「……もう、終わりか?」
「え?」
私は目を丸くして改めてグレイを観察してみる。そのお耳はぺたんと後ろにくっついているし、尻尾の元気もない。
まさかまさか、こんなに自分の都合のいいことが起こっていいのだろうかと、再びバクバクと脈打ち始めた心臓を落ち着かせながら、私はそっとグレイを見上げた。
「もしかして、今の、気持ち良かったですか?」
「!」
今度こそグレイは目に見えて真っ赤になった。その尻尾が勢いよく脚と脚の間に入ってしまう。
「私も、もっとグレイに触りたいと思っていました。……いいですよね?」
グレイの段々と立ってきた耳の付け根に、再び手をそっと伸ばす。指の腹で優しく疲れて凝っているだろう箇所を揉み扱いていく。
反対側の手ではグレイの背中を大きく撫でた。
尻尾の付け根まで手を移動させると、腰の部分もほぐすように揉んであげる。
「い、いっ」
グレイの股の間に入っていた尻尾が出てきて、ゆるゆると揺れ始めた。嬉しい、グレイも喜んでくれている証拠だ。
「あ〜かわいい、こんなかわいい姿を隠し持ってたなんてずるすぎませんか?悪い子。グレイあなた最高すぎますね。こんなの触らないなんて選択肢あるわけないじゃないですか」
グレイの背中にぐりぐり顔面を埋め、匂いを胸いっぱいに吸い込む。
あ〜犬吸い……あれ狼吸いか?最高〜〜〜!
もうモフモフ以外何も考えられなくなりそ〜と思っていたら、グレイの前脚で控えめに頭を押された。
「け、獣臭いだろう……!」
「いや?むしろそれがいいというか。でもグレイの匂いは全然臭くないとても良い匂いだから、もっと嗅いでたいな。恥ずかしがってないでもっと嗅がせて……よ……」
ふと会話している違和感に気づき、私はガバリと身体を起こした。
「す、すみません!セクハラ親父のような真似を……ッ!!!」
こりゃやっぱりしょっぴかれちゃうんだろうかと思っていたら、グレイは私の予想と反して目をうっすら細めただけだった。
「……ティアが不快にならないなら、別にいい」
「〜ありがとうございます!」
お礼を言いながらグレイの背中に再び顔を埋める。
「ッ君、なんか性格変わってないか!?」
「え?ああ私基本的にど……ええと、けむくじゃらの生き物が大好きなので、見るとついぐいぐい行っちゃうんですよ」
「ぐいぐい……」
何かを考え込むグレイの意識をこちらに向けたくて、グレイの背中から後ろ脚にかけてを集中的に撫でたり揉んだりしていく。それを繰り返すこと数回。
「ぁ、ぁっ、ティア、すまない、なんか身体が勝手に……」
「ああ、反応してきましたね、嬉しいです」
私は満足感に微笑んだ。
グレイの後ろ脚が伸び、ごろりと腹を見せてくれたのだ。
よーっしゃよしゃよしゃ、気持ちいいかー?と腹をわしわし撫でてあげる。
顎の下も撫でるのを忘れない。なめるなよ!私の数多の大型犬と触れ合ってきたこのなでテクを!うおおおお腕がなるぜぇえええ!!!
グレイは何故自分が腹を見せているのかよくわかっていないまま、気持ち良さそうに喉を鳴らしてくれている。
「ほーらここがいいのか〜?かわいいね〜そーれワシャワシャ〜!あはは喉が鳴ってるぞ〜!」
「ッ、ッ、ッ!」
しばらく経つと、思う存分腕を動かしながら、大きな身体を撫でていたので、流石に腕が疲れてきたし、私の息も上がってきた。そろそろやめるべきだろう。
「は〜疲れた!触らせてくれてありがとね!」
私は最後にもう一度、グレイの首を抱きしめると、いつも他の犬にするときのように、チュチュチュ!と顔にキスの雨を降らせてから身体を離した。
「は〜最高だっ………………た?」
ふわふわ充チャージマックス〜!と額を拭いながら、さっぱりした気持ちで立ち上がったあと、ふと私は今自分が撫でまくっていた狼が、この国の騎士団長であるグレイという1人のでかい成人済み男性であるということを思い出した。
フラッシュバックのように狼姿のグレイにしてしまった、人の姿のときなら完全アウトの行為の数々が脳裏をよぎる。冷や汗が止まらない。
ギギギ……と音を立てながら、私は後ろを向いた。
ソファの上には、腹を見せたまま、赤い顔でくったりしているグレイが荒い息を吐いていた。
や、やっちまったーーー!!!!!
私は死を覚悟した。




