21. グレイの部屋へ
舞踏会も無事に終わり、忙しい日常が戻ってきた。
少し前に煌びやかなドレスを着て、優雅に踊る人々を眺めていたなんて俄には信じがたいくらい、私たち魔術研究所の面々は作業に追われている。
ポーション用の薬草足りなくなってきているようで、それを採取しに若い男性の職員が出向いてしまったため、人手も足りなくなっているのだ。
今日なんて、私はポーションを煮ながら武器に浄化の魔力を付与し、さらに今日も今日とてマリスが押し付けてきた書類を終わらせている。猫の手も借りたい忙しさだ……まあ猫なんていないんだけど!泣きそう!
私は作り終えたポーションの鍋の火を消した。数回かき混ぜて、ポーション全てが綺麗な金色であることを確認する。瓶にうつすのはもう少し冷めてからだ。
今のうちにできることをやってしまおうと、私は書類を手に取り、渋々立ち上がった。向かうのは、マリスのところだ。
「マリス、書類終わりました。どこに置いておけばいいですか?」
「どこでもいいわよ、そんなの……じゃそこの机の上に置いといて」
マリスの席へ向かうと、マリスはポーション製作の真っ只中だった。気になってマリスのかき混ぜている鍋の中に目をやると、そのポーションは毒々しい真っ赤な色をしていた。初めて見る色のポーションで思わず興味が惹かれてしまう。
「マリス、そのポーションは何の効果があるポーションなんですか?」
つい好奇心に負けて聞いてしまうと、案の定マリスは(邪魔すんな!)って歪んだ顔でこちらをじろりと一瞥した。
が、突然その口が不気味なくらい滑らかに弧を描いた。
「そういえばあなた舞踏会で騎士団長といたわよね?」
「え?ああ、グレイですか?ええ、少しお話しただけですが……」
「そう……。仲良いの?」
「へ?」
予想外の質問に思わず首を傾げてしまった。マリスってばどうして突然グレイのことが気になったのだろうか。
もしかして私とグレイの仲を誤解している?なら誤解を解かないと……と思ったが、ふと思い直す。
マリスが好きなのはヴィクトルだ。ここで私がグレイの方に気があるように言っておけば、私にヴィクトルへの恋愛感情は無いと分かってもらえて、嫌がらせが減るのではないだろうか?
私もグレイに、ではなくグレイの耳にだが、気があるのは嘘ではないし。少し考えて、私は口を開いた。
「いえ、仲がいいというわけではありません。ただ私が少し気になってるくらいでして」
「そう。騎士団長さんはあの見た目だしね。それに身体がああじゃ誰のものにもならないって分かってるから、安心して見てられるものね。ってあなたは知らないかもしれないけど」
マリスが小馬鹿にしたようにフンと笑った。
この人は誰かのことを貶してないと生きていけないのだろうか?
私はつい皺が寄ってしまいそうになる眉間を必死に平常に保ちながらじっと耐えた。
そんな私の状態には一切気付かず、マリスが目の前のポーションを掬い、瓶に詰めていく。そして瓶を真っ赤なポーションで満たすと、キュッと蓋をしめた。
「ならたまにはあなたに協力してあげるわ。このポーションを、今日の午後8時に騎士団長の個室へ持って行ってくれる?」
そう言いながら、マリスは私にポーションの瓶を手渡した。
協力って……程よく雑用を押し付けただけじゃないか!と思ったが、グレイの耳をまた見れるのは嬉しいので、無言でその瓶を受け取った。
「午後8時によ。よろしくね?」
マリスは真っ赤な口紅が塗られた口を、ニタリと歪めた。
――――――
現在午後7時57分。
私は仕事を大慌てて終わらせてグレイの部屋へと足早に向かっていた。
いくら同じ城内にあるとはいえ、魔術研究所から騎士団の場所までそれなりの距離がある。
私は約束の8時に遅れないように急いでいた。
誰もいない、静かな外廊下を進む。ふと横を見たら、大きな満月が夜空に浮かんでいた。
せっかく綺麗な満月なのに、立ち止まって落ち着いて見れないことを残念に思いながら、スピードを落とすことなく、私は歩き続けた。
騎士団長であるグレイの部屋は、恐らく本人の体質もあってのことだろう、奥の方にひっそりと存在している。
場所を聞いた時、ヴィクトルが書いてくれたわかりやすい地図を見ながら、グレイの部屋の前に立つ。
丁度8時くらいだろう。ポケットの中に地図をそっと滑り込ませると、私は下の隙間から光が漏れ出している、目の前の扉をノックした。
……返事はない。
あれ?と思い、今度は「こんばんは、魔術研究所の者です。ポーションを届けに伺いました」と声をかけながらノックした。
しかし、やはり返事はない。
不思議に思い、ドア押してみると、そのドアは簡単に開いた。
「お邪魔しまーす……」
私がそっと中に入ると、奥の方でカチャカチャという音と、ガタガタ、ガシャン!と何かが落ちる音がした。
目を向けると、部屋の中心奥に置いてある机の裏から、その音は聞こえてきたようだ。
「え!?大丈夫ですか?」
まさか声も出せないような状況なのだろうか?私が恐る恐る「失礼しまーす……」と机の裏を覗き込みに行くと……そこには1匹の大きく立派な銀色の狼がいた。
「え!!?」
思わず後ろに下がり、尻餅をつく。
「いったぁ」
私が悶え、ハッとして狼の方を慌てて見ると、その狼はこちら襲う素振りも見せず、ただじっとこちらを見ていた。
いや、むしろ少しずつ後ずさって行っている。
その耳はペタリと後ろに倒されており……待てよ?
私は首を傾げた。この狼の耳に、見覚えがあったのだ。
「ってそのお耳……グレイ!?」
私は思わず狼に向かって身を乗り出した。
今度は狼の方が驚いたようで、カチャカチャと爪を鳴らしながら、後ろに後ずさった。
「な……!」
「あ、喋った!え?喋れるんですか?そしてやっぱりその声、グレイ!」
私は久しぶりに見る安全な……まあ安全かはまだわからないかもしれないが、モフモフにテンションが上がっていくのを感じた。
「どうしたんですか、その最高な姿は!すごくかっこいいです!」
少しでもモフモフの近くに行きたくて、無意識のうちににじりにじりとグレイに近寄っていく。
「ま、まて、ティア、ポーションを持ってきたんだろう?ポーションは?」
「あ」
グレイに言われ、私は動きを止めた。そしてポケットの中から真っ赤なポーションの入った瓶を取り出す。
「それを渡してくれ。蓋も開けてくれると助かる……全く、なんで今日は持ってくるのが遅かったんだ?」
グレイがぶつくさ言いながら近づいてきた。
「……このポーションを飲んだら元の姿に戻るんですか?」
私は瓶を手に持ったまま、聞いた。
「そうだ」
グレイが頷く。
「狼の……その姿のときって辛いんですか?」
「いや、むしろポーションを飲んで人に戻る時の方が辛いな。でもこの姿だと、怖がられるだけだし、仕事もできないだろう」
グレイが私の方をちらり見た。
「……ティアは、俺のことが怖くないのか?」
「全く!」
私は即答した。
「理性がないならともかく、理性があるのになんでその最高な姿を怖がる必要があるんですか?どこを見てもとてもとてもとても素敵なのに!だってこんなに大きくてモフモフしてて脚も太く逞しくて気高くてマズルも長くてどこを切り取っても美しいんですよ?それに流石グレイ、狼の中でもダントツのイケわんです!大会出場後即優勝待ったなしの美ワンです!もう見てるだけで私なんてそのモフモフに吸い込まれちゃいそうになってるっていうのに……あ」
いいことを思いつき、私はポーションの瓶を、蓋を閉めたまま、机の上にコトリと置いた。
「ティア、何で……」
私はグレイの方をじっと見つめた。
「グレイ、舞踏会で、俺に何かできることがあれば遠慮なく言ってくれって言ってましたよね?」
グレイがゴクリと、唾を飲み込んだ。




