17. 災い転じて福となす
「ん?まあ色も違うしね。失敗かなー」
私が苦笑しながら言うと、リリーは何事かを考えこんだ。そしてしばらくすると、すごく真剣な表情で私の方を向いた。
「ティアさん、所長……ヴィクトルさんの伝説を知っていますか?」
「ええっ!?で、伝説?」
私は目を丸くした。リリーってば、急にどうしたのだろう。でも、ヴィクトルに伝説があるなら純粋に気になる。
「知らない!聞きたい!」
私が前のめりになると、リリーはこくりと頷き、話してくれた。
「ヴィクトルさん……過去、城内の女性全員から羨ましがられるほどの美肌に、サラツヤヘアーだった日があるんです」
「へへへぇ!?なにそれ」
ヴィクトルに似合わぬ伝説に、私は思わず吹き出してしまった。今のヴィクトルといえば、不健康そうな肌に、ウェーブの髪が特徴的なのだが……それが?
「ヴィクトルさん、その日はすっごく煌めいてて綺麗なストレートで……もう顔を少し動かすだけでサラァアア〜ッと……あの時のヴィクトルさんの髪は芸術でしたね。城内中の人の目を集めてました!ただ、本人もそうしようと思ってそうなった訳ではなさそうだったんです」
私の脳内に、地球のシャンプーのCMに出演しているヴィクトルの様子がポンと浮かんでは消えた。見たかったな。
「ヴィクトルがなんでそうなったか、リリーは知ってるの?」
リリーは首を振った。
「でも、その髪と肌が変化する直前、ヴィクトルさんが今のティアさんと同じようにポーションに失敗したと嘆いていて、この鍋の中のポーションと同じような匂いと色の液体をビーカーに入れて観察していたのは覚えています。そして、勿体無いから何かに使えないかな、と呟いていたことも」
私とリリーは顔を見合わせた。
「……ティアさん、このポーションってどう失敗したんですか?」
「ええと……オレンジ色の、果物が中に入っちゃって」
リリーが目を見開いた。
「え!ダイオレの実のことですかね?その日、ヴィクトルさんもダイオレの実をつまんで食べていました!」
私とリリーはもう一度顔を見合わせた。
「リリー……ポーションって身体にいいものだし。ちょっと果物が入っただけで有害にはならないよね?」
「ならないと思います!」
私とリリーは頷き合った。
私たちの目的地は、排水口からヴィクトルの机へと変更された。
――――――
その日の夜、ルンルンで自室まで戻ると、部屋に入って数分もしないうちにドアをノックされた。
なんだろうと開けると、知らないメイドさん達が5、6人ずらりと横一列に並んでいる。
「え?な、なんですか?」
恐る恐る問うと、「ティア様に、明日の舞踏会でのお召し物をお持ちいたしました」と先頭にいたメイドさんに深々と頭を下げられた。
「あ!そうだドレス……」
私が今更思い出すなんて、と自分に呆れている間に、メイドさんたちは大きな荷物をそれぞれ抱えながら、サササッと素早く部屋に入ってくる。
そしてメイドさんたちが荷物を開けると、そこから沢山のお高そうな装飾品と、それらに良く似合う、キラキラと輝く、美しい水色のドレスが出てきた。
「わ、綺麗……」
私はしばらくドレスに見惚れてしまったが、明日これを自分が着るのかと我に帰り、眉をハの字にしながら、1番偉そうな年配のメイドさんを見た。
「ティア様に、きっとよくお似合いですわ」
そのメイドさんはにっこり微笑むと、深く頭を下げた。
「明日の午後3時に、着付けにまたお伺いさせて頂きます」
――――――
午後5時半。舞踏会まであと30分。
私は信じられない気持ちで、鏡にうつる自分の姿を眺めた。その髪はサラサラと艶めき、肌はもっちり美しく、着ているドレスはサイズぴったりで、キラキラと水色に輝いていた。 コレ ホントニ ワタシデスカ?
髪と肌には、昨日の失敗作ポーションをふりかけてある。
昨日、リリーと一緒にヴィクトルへ確認しに行った失敗作のポーションは、ヴィクトルの髪と肌に艶を与えまくった物と、まさに同じ物だった。
ヴィクトルは思い出したくない記憶を思い出してしまったようで、苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、「魔物に襲われて宝石を得る、だね。君たちにはお似合いの効果だろうし、明日の舞踏会につけて行くといい」と言ってくれた。
魔物に襲われて宝石を得る、という言葉は初めて聞いたが、災い転じて福となす、みたいなニュアンスのことわざだろう。
「ポーション用の材料を使うから、流行させたくなかったんだよね。まあ、うっかり作っちゃったんなら仕方ない。せっかくだし使わないとね」
明日君たちの姿を見るのがより楽しみになったよ、とヴィクトルは微笑んだ。
今朝ドキドキしながら髪の毛につけたら、途端に艶めきだし、人生で1番綺麗な状態になったので、失敗作……もう失敗とは言えないけど、ポーションができたのは本当にありがたかった。
すごくむかついたけど、マリスのおかげである。
ドレスとお化粧に関しては、昨日のメイドさんたちが私の部屋にやってきて、時間をかけて全てやってくれた。
確認したところ、ドレスには差出人の名前の記載がなかったので、「このドレス、ヴィクトルからですか?」とメイドさんたちに質問したところ、「秘密にするように仰せつかっております」と返されてしまった。
平民には到底手が出せないような豪華なドレスだし、ヴィクトルじゃないのなら、もしかして王様が気を遣って内密に送ってくれたのかもしれない。
王様は既婚者らしいし、それなら隠すのも頷ける。王妃様に浮気だと思われたら大変だもんね。
メイドさんたちはメイクにもドレスアップにもたっぷり時間をかけてくれたので、仕上がりは私でも、自分を見てつい(かわいいな!?)って自画自賛してしまうくらいだった。本当に感謝しかない。
私は自分でもこういうメイクをできるようになりたいな、と観察して頑張って覚えようと思い、鏡と睨めっこを始めた。
うっかり鏡に見入ってしまっていると、コンコンと部屋のドアを軽くノックする音が聞こえた。
「あ、はい!今開けます!」
ドアを開けると、ヴィクトルがいた。
「わ……すごく綺麗だ、ティア。じゃあ舞踏会に行こうか」
そう言うヴィクトルを見て、私は固まってしまった。
綺麗と言われたからではない。ヴィクトルの見た目で、だ。
ヴィクトルは、いつもなら無造作に顔の前に垂らしているうねった黒髪を、きちんと整えて、後ろに1つにして結んでいた。
前髪も、顔の横にきっちり整えてあり、今日はヴィクトルの顔がよく見えた。
そして流石のヴィクトルも、舞踏会には気を使うのだろう。背筋は真っ直ぐ伸ばされていて、その目の下からは、くまが消えていた。
私はヴィクトルの頭のてっぺんから足のつま先までまじまじと見た。
綺麗な顔の、スラリとした脚の長い男性が、黒いゴシック調のタキシードに包まれている。
ヴィクトルがただのイケオジになっていた。
こ、これはマリスも夢中になりますわ〜!!!
私は改めてヴィクトルのイケメンさに圧倒されたのだった。




